ある日、印度大麻を吸ったあとで、映画館に入ったぼくは、暗がりでイギリス映画の画面を追っかけながら、ある未知の、奇妙な、不快な欠如がぼくの中でふくれあがり、やがて耐えがたくなるのを感じた。自分が一体全体どこの街にいるのかを知る力が欠如してしまって、どんなに考え求めても駄目だったのだ。状況の中にあいたこのどうにもならない欠如がついにぼくの快感と忍耐を超えてしまったので、ぼくは外に出た。
外に出ると、なんのことはない、パリだった。正真正銘のパリの左岸だった。もう一度中に入ろうか?ぼくは迷った。そしてやめてしまった。なんの目印もないその闇にもう一度とび込んで行くのは気が進まなかった。確かにぼくは見失った状況を取り戻していた。だが状況の部分をだ。
時どきは状況が帰ってきただろうが、なんだかあいまいな、とぎれとぎれなやり方で、十回も千回もそれを見失いかけていたに違いない。一体なにが起こったのだろうか?ぼくは方位を喪失していたのだ。それはどういうことか? 錯綜した、とめどない、絶えず変動する、予見しがたい方位攪乱作用によってでたらめに方位を狂わされ、方位づけへの幾多の妨害によってわけがわからなくなっていた。ぼくはそれに、十分に気がつかざるをえなかった。この世に生を享けて以来のぼくの時間の大部分は自分を方位づけることで過ごされてきたのだから。
いたるところで信号を発し、警告し、急を告げている閃光やショックや呼び声に絶えずおどかされて、やむをえず警戒心をとがらせているので、ぼくはこれまでずっと、あらゆる人間と同じように、自分を方位づけることを、しばしば方位づけているその瞬間に方位付けをやり直すことを余儀なくされてきた。見なれないもの、知らない他国の領域のただ中で、際限なく変化する状況を絶えず認識しているために不可欠の操作の数々を強いられる船だった。
これこそ知性がまず第一に、なにをおいても首を突っ込んでいることで、読書とか研究とか検査とかは二次的なことだ。ぼくは二度とそこから立ち帰りはしなかった。ぼくという人間はなかば眠ったような、夢みているような男だが、また同時に、そうとは知らずに敏捷で抜け目がなかったわけだ。ぐうたらで怠け者だが、それにも劣らず勤勉で目先がきき、発掘も探検もしていたわけだ。誰でもがそうなのだ。どうしてそんなことが可能なのだろうか?
胃というものは自分自身を消化しないようにできていて、自己消化をしないことが胃にとって重要なことなのだが、それと同じように精神というやつも、自分自身をみずから把捉することができないように、つまり自分のメカニズムと活動を直接的に、一瞬も手放さずにつかんでいることができないようにつくられていて、つかむべきものは他のものなのだ。
ぼくが、結局はかなり年取ってからのことになったが、麻薬という狡猾な手段を借りて<それ>を停止させなければならぬと思ってしまったのは、自己を本当に見つめるためだった。つまり精神の活動を瞬間、止めてみて、そのいかにも重要な、ほとんど偏在的な働きにおいて、実験的に自己を見つめるためだった。するとあの日常的な無意識の深淵が突然むき出しになって、ぼくを狼狽させ、そのうえ、それ以後けっして忘れることのなさそうな声で、こうぼくをけしかけた、「その無意識をほかの場所へ探しに行ってみるとよい。それもまたどこにでも偏在していて、ほどんと思考することは無意識なのだと言ってもよいほどだ」と。おそらく九十九パーセントはそうなんだろう。意識状態は一メートルのうちの一センチで足りるはずだ。
極端な微視的現象でもある思考することの、その多種多様な把握、沈黙の中で進行する取り外し、直列、並列、置換、代替など(ひとつの巨視的思考に、ひとつの展望的思考に達する前の)の多種多様な微視的−操作は、捉えられていないし、また捉えられないはずだ。それらが例外的に追跡できるのは、凶暴な昂奮状態になった精神が、その場を変貌させ、おのれの諸思考がまるで微粒子のように、途方もない速さで現れたり消えたりするのを見るときである。そのとき彼は自分の把握する動きを把握する。普通のことからはまったく外れた状態、一風変わった、運のいい見ものだ。ところが当の麻薬を飲んだ男は、それとは関係のない別の驚異や新しい趣向、以前にはできなかった精神の遊びの数々に夢中になって、この見ものから利益を引き出すことはほとんど思いつきもしない。
しかしこの一風変わった啓示は、その話を誰にしてみても、確実に納得させることのできるような種類のものではない。そのあまりにも疑いようもなく明らかなためにかえって疑わしく見えることがありうる明証性にもかかわらず、またおそらくその故にこそ、そうなのだ。ときにはいったん透視者となった者自身が、いったんノーマルな状態に戻ってしまったうえは、ついさっきあんなに生き生きと意識したのにまったくぼんやりした名残りしか残さない<それ>を、ただ思考することしかできないという状態になる。
以上13〜17ページまで。