時の終わり−破壊点



 <内側の沈黙>inner silence は<内的対話>internal dialogue を中断することである。そこでは知覚は意味には頼らない。ある外的影響によってこの能力は抑制されている。この外的影響とは何かは後になって話題にしよう、そうドン ファンは言う。(103)

 内側の沈黙というのは増大し、蓄積することができる。内側の沈黙にはそれが保っておかれなくてはならない時間的な閾(いき)threshold が存在する。個人によってそれが作動する時間が異なる。

 内側の沈黙はそれが生じたときに働き、早い遅いの違いはあるが、究極的には世界を止めることにいたる。このとき<完全な自由>total freedom に達する。(104)

 世界の本性を使用や反復によって決定する力、これを認知 cognition と言うが、それが止まる。これを<破壊点> breaking point とも言う。(105)

 「おまえの破壊点は知っているような世界をちぐはぐにすることだ。
  わしがそうしろと言ったことは全部義務的に正確にやってきた。
  資質があってもおまえはそれを見せない。それがおまえのスタイル
  に見える。遅いってわけじゃないが、遅く行動しているように見える。
  ひどく確信しているが、安定してないように行動する。
  臆病ではないが、人間を怖がっているように見える。
  おまえのやること全てはただ一つの点を指し示している。
  つまりそんなもの全てを破壊することだ、情け容赦もなく。」(106)

 こうしてドン ファンはまわりの世界との切り離しを要求した。友人とのつき合いすら棄てるように要求した。個人的歴史 personal history がある限り、教えを続けるわけにはいかないと。

 当然わたしは「そんなことはできない、友人と家族は参照点(評価の基礎)point of reference である」と主張した。しかしドン ファンは呪術師にとっての参照点は<無限> infinity しかないと言うのだった。

 彼はロサンジェルスのエドワード7世というホテルで暮らせと冗談を言った。そのホテルは通りに面した窓から人間の悲惨を見ることができる。内側の部屋を借りれば窓は隣のビルにへばりついている。どっちにしても外を見るということに飽き飽きして、死ぬにはもってこいのホテルだという。(107)

 身体と人格は違う。人格は心であり、しかもこの心は自分の心でない以上、死ななければならないのだ、ドン ファンによれば。しかしこの「自分の心が自分の心でない」というテーマもまた後になって話題にしようと彼は言った。

 人格 person が死んだ、そう言えるのは徒党を組もうと一人であろうと差異がなくなったときである。友人を楯として使うのを止めたとき、死んだと言える。そう断言し、まるで人々をカーテンのようにして、ドン ファンはヘルモシロの街角から消えてしまった。

 わたしは妙にうきうきしていた。終わりが来たこと、しかもなんと苦痛もなく終わりが来たことだろうか。(108)

 なにもかもが期待した通りだった。ただドン ファンが私はアカデミズムに帰るだろうと言ったことは妙に不調和だった。記憶の中を調べてみてもそんなことは思いさせなかった。

 私は友人たちにありがとうと言わねばならなかった。とくにロドリゴ カミングズについては。彼は私とまったく同じであり、ライバルだった。ロドリゴは大学をなんとか終えようとしていたが、難しかった。最後の学期の試験ではほとんど勉強せず、それでも記憶力が抜群だから大丈夫だと彼は言っていた。あれやこれや問題を持ち出しては試験二日前までなんの勉強もすることなく、アンフェタミンを飲んで一夜漬けしたが、当日試験中にぐっすり寝込んでしまった。

 私はロドリゴとよく似ていた。まるでニヒリズムに駆られたように、ハリウッドのホテルを借りた。そこはカーペットが緑で、たばこの焼けこげた後が大きくあった。カーテンも壁もくすんだ緑だった。私はドン ファンが要求したことをやろうとしていた。一人であろうと仲間がいようと全く変わりないというふうに、自分の人格を変えていった。(111)

 数ヶ月そこに滞在したあと、学校に戻り、女性のパートナーと仕事も始めた。だが学究的生活とビジネスとの間の葛藤、その女性の扱い、仕事への配慮などで私は途方にくれた。私はいっそ自分の生を終わらせようかという観念をもてあそびだした。

 ある朝、ノックの音がした。たぶん家主だと思った。あけてみると、ドン ファンがいた。私はどもって何もしゃべることができなくなった。ロサンジェルスに私を訪ねてきたということだった。あまりにその訪問が途方もなかったので、いったいどうやって探し当てたのか聞くことも忘れていた。

 私はヘルモシロで彼を邪険にあつかったことを詫びた。「内側の沈黙 がおまえにとっては本物になったということだよ」きっとドン ファンは私が苦境にあって途方にくれていたことを直感し、救い出しに来てくれたのだ、そう考えた。

 ドン ファンが言うには、私はビジネスの件を一時間で片づけなくてはならないということだった。しかも 無限 にせっつかれているので、それ以上待てず、おいていくしかない、ということだった。「無限にとっては唯一価値のある戦士の試みは自由だ。それ以外はごまかしでしかない。」

 すべてのことを片づけたら、メキシコの街にある市場で待っているから、とそうドン ファンは言った。私は自分のビジネスの後かたづけに気がいって、ドン ファンが言った言葉に注意をあまり払わなかった。もちろん冗談だと思っていた。

 私はひとたび仕事を片づけ始めるとその勢いで、時のたつのもおかまいなしだった。もちろん一時間はとうにすぎていた。このままだと仕事もなくし、またドン ファンにも二度とあえなくなってしまうだろう。

 私はベッドに行き、沈黙の静けさを求めた。ドン ファンに教えてもらったことがある。ベッドの上に座り、膝をまげ、足の裏をつける the soles of the feet touching。手はくるぶしをつかみながら足を押す。どこにでも持っていける太い棒をドン ファンはくれた。それにはクッションがついている。足の間に立て、私は前屈みになり、そのクッションに額を乗せた。

 こうして一瞬のうちに深い眠りに入るのである。私はいつものようにぐっすり寝込んでしまったに違いない。メキシコのある街でドン ファンが待っていたぞというのが見えた。一週間に一度開かれる市場のチーズ売りのところに彼はいた。

 「内側の沈黙 でやりとげたな。」彼は私の背中をたたきながら言った。「おまえの 破壊点 に到達したってことだ。希望を無くしかけていたんだ。だがわしはおまえはやるだろうと知っていたから、ここで待っていた。」
 その夢の中で、私たちは散歩していた。これ以上感じたことがないぐらい幸せな気分だった。夢はかなり生々しく、ひどく現実的で、問題を解決したことには疑いがなかった。とはいえ、その解決は夢の幻想でしかなかったのだが。
 ドン ファンは頭を揺すって笑った。完璧に私の思考を読んだみたいだった。「おまえは単なる夢の中にいるんじゃないんだよ。」彼は言った。「だがそんなことをおまえに言ってるこのわしは一体誰だ?いつか自分で知るだろう。内側の沈黙 からの夢はないということを that there are no dreams from inner silence。それを知ることを選ぶだろうからな。」(114)

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