時の終わり−耐え難い光景



 ロサンジェルスにいる友人ピートとロドリゴの話を思い出した。

 妻が不動産会社の上司と浮気していたのを知ったピートはその会社に怒鳴り込みに行くのだが、用心棒みたいな男達に連れ出され、脅かされてすごすご帰ってきた。それから彼は中古車センターでいざこざを起こして殴られてしまう。その話を聞いて私はピートの妻、パトリシアに電話し、迎えに来てもらった。

 彼らは慰め合い、愛を確かめあって、まるで私がそこには居なかったかのように戸を開け放して出ていってしまったのだ。

 私は友人達を裁き始めた。「もっとひどいことだと考えたのは彼らを裁くことだけではなく、私は彼等の問題をとても卑俗なことだとみなしていたことだ。私とて同じ人間だし、彼らは私の同じ友人だった。状況に対する彼らの不満や解釈を何百回となく聞いてきた。何を聞いたにせよ、私はそこに深い同一性identification以外のものを感じることがなかった。この新しい気分を発見したときの恐ろしさは信じがたいものだった。」

 ロドリゴ・カミングズとの話は、私の側に人生の完全な不統合disintegrationをもたらしたと言える。この男はロサンジェルスを脱出しようとしてはいつもできない、というより、わざと脱出しないのだった。車でニューヨークに向かうときにもわざと中古のボロ車を最高スピードでとばしエンジンをいかれさせていた。

 ある日彼は金を借りて飛行機でニューヨークに行こうとしていた。カルロスはバーバンク空港まで送りに行く。しかし飛行機まで時間があったので長い映画を見て、そのためまたロサンジェルスを脱出することができなくなった。

 ロドリゴの父親はいつでも困ったとき息子を助けていた。彼はいつもこんなふうに言っていた。「恐れるな。ロドリゴ・シニアがここにいる。」しかし今回カルロスに連れられて父親のもとに行ったロドリゴはこう言われる。「もう助けてやれないんだ。ロドリゴ・シニアはもうここにはいない。」

 私は必死になって自分の友人の身になろうとしていた。いつもしているように彼のドラマを感じようとして。しかしできなかった。唯一彼の父親の言ったことに注意を向けることだけはできた。それは衝撃的といえるほど何か決定的に聞こえた言葉だった。

 私はドン ファンと一緒に居たかった。何もかも中途半端に置き去りにして、ロサンジェルスを後に、ソノラへ旅立った。友人たちによって入り込んでしまった奇妙な気分についてドン ファンに話した。悔恨にあえぎながら、私は彼等を裁き始めたと、そんなことを言った。

 「そんなに興奮するもんじゃない、何事にもな。」ドン ファンは静かに言った。「おまえの人生の全部、その時 era が終わりに来ている。けれどもその時 era は王様が死なない限り終わりにはならない。」
 「どういう意味だい、ドン ファン?」
 「おまえが王様なのさ。おまえは友達とまさに同じだ you are just like your friends。ふるえあがっとるのはその真実にだろう。できることといったら素直にこの事実を受け入れることだ。もちろんできないだろうが。他にできることといったらこう言うだけだ。「ぼくはそうじゃない I am not like that、ぼくはそうじゃない」と。自分はそうではないと自分に繰り返すことだ。しかし、約束してもいい。自分がそのようなものだと理解したときに、その瞬間がやってくるよ。」

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