大気の震え−ファン マトゥスは本当は誰だったのか



 私が初めてドン ファンの家に入っていったときの私の感覚と印象を、なぜかドン ファンは聞きたがらなかった。

 ノガレスのバス亭でドン ファンと最初に出会ったとき、何か普通でないことが起こった。しかし私はそういうことを忘れていた。ところがある日、ドン ファンと実際に会っていたときに私を通り過ぎていった何かを異様にはっきりと思いだした。物理的に体験したことを仲間に表現しようとしたとき奇妙な汗が体全体から流れてきた。ドン ファンが私を見つめたときに経験したものと同じ発汗だった。私はそのとき、たった一言もしゃべることができなかっただけではなくて、たった一つの思考も持つことができなかった。

 再びドン ファンを彼の家でじっくりと見て気づいたのは、何か特別な眼差しを彼はまったく持っていなかったということだった。彼は活力と目的をにじみ出していた。私の作り出した記憶は実際とはことごとく一致していなかった。最初に彼を判断したとき完全に見逃していたのはその運動選手のような体つきだった。肩幅が広くて、腹部は平らだった。まるで地面にしっかり植え込まれたようだった。膝は弱々しいところがなく、腕の震えもなかった。

 私は背中を叩かれたと感じたのだが、実際には触ってもいなかった。彼の半−叩きで奇妙な、定かでない感覚が生まれた。それは突然現れ、そして何であるのか把握する前に消えてしまっていた。その代わりに残ったものは奇妙な平和だった。私はくつろいだ。心は水晶のように透明で期待も欲望もなかった。

 「わしはファン マトゥスだよ、」数フィート離れたところの別の荷物箱に腰掛け、私に顔を向けて言った。「これがわしの名前だ。それを口にするのは、わしのいるところへおまえとの橋をかけるためだ。」「わしは呪術師だ。」と続けた。「27代続いた呪術の系統にいる。わしはこの世代のナワールだ。」

 彼のような呪術集団のリーダーはナワールと呼ばれる、そう説明した。ある特別のエネルギーの形を持ち、仲間の運命に責任を持っている。彼の系統では規則によって女がナワールだった。女たちの生まれつき実用的なものが彼の系統を実用的なものにしていたが、男が引き継ぎ、少し阿呆なところに引き込んだ。200年前、ナワール ルーヤンの時代から、男と女のつなぎ目が出てきた。ナワールの男は真面目さを持ってくる。ナワールの女は新しさを持ってくる。

 そのとき、ドン ファンが呪術の技に長けたメキシコ人たちと暮らしているとユマの人々が話してくれたのを思い出した。ドンファンによれば呪術やシャーマニズムという言葉は呪術師がしていることを表すには適当でない。呪術師たちの行動はもっぱら抽象とか、非個人的なものの領域にある。呪術師たちは普通の人間の探究とはなんら関わることがないゴールを目指して闘っている。呪術師たちの願いは無限に到達すること、それを意識することである。

 それほど圧倒的な作業なので、突き進むまえに呪術師たちは自分の名前を言わなくてはならないということだった。ノガレスで私たちの間にいかなる介入も起きる前に、彼は自分の名前を言った。こういうやり方で彼は無限の前で自分の個体性を確認していたのだった。

 「おまえは探していた男だ。わしの探究もおまえを見つけたときに終わった。それからおまえも今わしを見つけたから、その探究も終わりということだ。」

 呪術の中に人を引き込むものは宇宙を流れるエネルギーを直接知覚する能力であった、と。そして、彼によればこうしたやり方で呪術師が人を見ると、彼らは輝くボール、あるいは輝く卵状の形を見る。その説明では人は宇宙のエネルギーの流れを直接見ることができるばかりでなく、それを見る意識を故意に deliberately 持たないけれども、実際に見ている、ということだった。

 ドン ファンが人間を一般的な意味で意識を所有する存在と分類した。それによって彼らはエネルギーを直接見ることができる。彼は「意識」をエネルギーと定義し、かつ「エネルギー」を一定の流れと定義した。それは決して落ち着くことがない輝く振動 vibration であり、しかしいつもおのれ自身と一致して動いているのである。もし人間が見られるときには、エネルギーフィールドの集合体 conglomerate と知覚される。それは宇宙の最も神秘的な力 force によって一緒になっている。結びつき、のりづけ、振動する力がエネルギーフィールドを一貫した単位にまとめている。

 他の呪術師がナワールを見ると、一つの光り輝く卵と見えるのではなくて、二つの輝く領域が重ね合わさったものとして見える。この二重の形態によってナワールは人間を一貫した単位にしている力 force を鑑定する。

 ドン ファンには二人の師であるナワールたちがいた。ナワール フリアンと、その師であるナワール エリアスである。6年間ドン ファンはエリアスと一緒に暮らした。ナワール エリアスは静かで、沈黙の暗がりにいた。ナワール フリアンはしゃべらずにはいられない人で、わめきちらし、女をたらしこむために生きていたように見えた。それでも彼らは驚くほど似ていた。つまりその内側には何もなかった。彼らは空虚だった。世界ではなくて、無限を映している空虚だった。

 人が無限の中で特別なしきいを超える瞬間、それが意図したものであれ、気づかずにであれ、そのときから起こることはもうその人間個人の領域のものではない。それは無限の中へ入り込むことである。

 「わしの系統の呪術師たちは無限とか精神 spirit とか意識の暗い海とか呼んできた。それはそこにある何かで、わしらの生活に規則を作っている。」

 私は彼が言ったことはすべて理解できたが、何を言っているのかわからなかった。そのしきいを超えることが、偶然に支配されたアクシデントだということはないのか、と聞いた。彼の言うには、自分の道と私の道は無限によって導かれていおり、偶然に支配されたように見える状況でも本質的には無限の能動面 active side of infinity によって支配されており、それを意図 intent と呼んでいる、ということだった。

 「おまえとわしを結んでいるのは無限の意図だ。この無限の意図が何かって言うことはできん。それでもおまえやわしのように触ることができる。呪術師たちはそれを空気の震えとも言っている。呪術師の有利なところは空気の震えが存在してることを知ってるってことだ。面倒もなくそれに同意することだ。呪術師たちにとっては考えたり疑ったり推理したりということはない。自分が持ってるのが無限の意図と混じり合う可能性だけだってことを知ってるのさ。」

 それでわたしたちの会見は終わった。何かが私のなかでしぼんだように見えた。気が狂ったのではないかと思ったのはそのときだった。風変わりな説明でわけがわからなくなり、あらゆる客観性の感覚を失っていた。ドン ファンはわたしの車まで一緒に歩いていった。私の内側で何が起こったのか彼は完全に知っていた。  「心配するな。」わたしの肩に手を置いて彼は言った。「キチガイになることはないだろう。無限がやさしく叩いたのを感じたんだ。」

 時がたつにつれて、ドン ファンが二人の師について言ったことを確かめることができた。彼ら二人を混ぜ合わせた人物がドン ファンだったとさえ言える。一方で極度に静かな、内省的な人物。他方極めてあけっぴろげでおかしい人物。わたしが彼を見つけた日、ナワールが何なのかもっとも的確に表現すればこういうことだ、と彼は言った。すなわち、ナワールとは空虚であると。それは世界を映す空虚ではない。無限を映し出す空虚 empty なのである。

 それは戦士−旅行者の空虚さだった。何も当然のこととは受け取らなかった。戦士−旅行者は何も過大評価しないし、過小少評価しない。冷静に訓練された闘士であり、その優雅さは徹底的だった。だからどれほど人が見ようとしても、そういったコンプレックスが集まってくる縫い目を見つけることはできなかったのだ。

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