大気の中の震え−力の旅



 私がドン ファンに会ったときは人類学の学生であり、アカデミズムの階段を登って行こうとしていた。卓越した民族学者の教授に自分のやりたいこと、南西部のインディアンたちの薬草使用について小百科事典を作るということを話したが、「もう少し形式的な研究」に注意を払うべきだと言われてしまった。「フィールドワークをするよりも言語を研究した方がためになるのではないかね?」

 別の若い教授にも自分の提案をぶつけてみた。が、彼も私の書きたがっている論文は人類学にはならない、というのだ。私は最後の頼みとして、実際にフィールドワークをその地域でしている人類学者と話すためにアリゾナ州に行き、いろいろな人類学者に会った。がそこでももう研究はしつくされていて、この分野で食べていくには都市の人類学でもしたほうがいいと言われる始末だった。私はロサンジェルスに飛んで戻ろうと決心した。

 しかし友人のビルがアリゾナとニューメキシコを縦断するドライブを計画していると知らせてくれた。過去に作業した場所すべてを訪れて、かつてインフォーマント(情報提供者)であった人々との交流を新たにしたいということだった。私は彼と一緒に旅することにした。

 ビルは闘いもしないで諦めるなと忠告をくれた。旅の間彼はいろいろな話をしてくれた。インディアンたちとヴィジョンクエストに行ったときのこと、ビルは年とったシャーマンの亡霊を目撃した。亡霊はビルの体が健康ではないということを教えたそうだ。

 また南西部のシャーマンたちが他の生き物に変われることも彼は話してくれた。「熊シャーマン」とか「クーガーシャーマン」とか。ビル自身シャーマンの変容を目撃していた。それは「川の男」とか「川のシャーマン」「川から出て川に帰る」とか呼ばれていたシャーマンだった。このシャーマンは服を着たまま水に入っていき、水がふくらはぎの真ん中ぐらいまできたとき、消えてしまった。そして下流の方で待っていると水から上がってきた。ビルはそのシャーマンが水になって、そのあと水から作られるのを見たと思った。他にも雲に変わるシャーマンたちがいるという。

 そろそろ旅も終わりに近づき、私がロサンジェルスに帰るために、ビルはアリゾナのノガレスのグレイハウンドのバス停まで送ってくれた。私たちが待合所に座っていると、「あの隅のベンチに座っている年取った男は前に話したことがある奴だ。」と耳元でささやいた。それはビルの推測によれば雲のシャーマンの友人か師だということだった。

 奇妙な熱望に突然突き動かされ、私はその老インディアンに近づいていった。そして、薬草について、インディアンについて、いかに自分が知っているか、とうとうとまくしたてた。言い終えると、彼はそれまで伏し目がちにしていた眼を持ち上げ、まともに私の眼をのぞき込んで、「わしはファン マトゥスだ」と言った。そのときバス亭にバスが来た。それが自分の乗るバスだと彼は言った。そして自分の家なら気楽に互いの話を交換できるから、訪ねてくれと彼は言った。

 私は自分の計画を変えて、ロサンジェルスに行く代わりにアリゾナ州ユマに直接行きドン ファンを探すことにした。が、そこにいた人々は老インディアンの住みかを知らなかった。彼らによると老人はユマ出身ではなく、メキシコのソノラ生まれである。ヤキのインディアンだったが魔術的な実践に通じたメキシコ人たちとつき合ったことがあるとも教えてくれた。何年もその辺りで彼らのことを見てないそうだ。

 また一人が言った。ソノラの首都のヘルモシロにいる人たちを引き合いに出して、彼らならその老インディアンについていろいろ知ってるし、教えてくれるだろうと。バスがロサンジェルスの道を走っているとき、私は奇妙な感覚を体験した。おかしな郷愁とも言えた。不安と切望が入り交じったようなもの、まるで極度に大事なものを失いつつあるというような感じだった。

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