| シンタックスを越えて−案内者 |
私はソノラのドン ファンの家にいた。ドン ファンは寝ていた私をぶっきらぼうに起こし、疲れているのではなくただ邪魔されるのがいやなだけだろうと言った。私はドン ファンといっしょに家を出て東に向かった。(141) 特別な薬草を取りに行くというのだが、それはドン ファンの友人の薬売りのためであった。私たちは山のふもとの乾燥した小さい丘にいた。これから呪術の最大の計画を実行するのだ、そうドン ファンは言った。「それは要約 recapitulation と呼ばれている。」あるいは自分の生活の出来事を話すことでもある。(142) 師にとっても弟子にとってもそれは記憶という点で都合がいい。しかしこの要約がすさまじいものだと理解するためには、昔の呪術師は社会的大変動を体験しなくてはならなかった。ドン ファンによればそれはスペインの征服ではない。その頃にはすっかり呪術師たちは絶滅していた。彼らは用心深くなり、自分たちをどう扱っていいのかわかっていた。それが呪術師たちの新しい作物だった。 呪術師にとっては時間が本質的なものだ。その凝縮された時間に抽象的なものを詰め込むにはそのための空間 space が必要となる。そうドン ファンは言う。古い呪術師たちが要約と呼んでいるものが、その空間を作る。 要約とは、現在会っている人から誕生時の父と母に到るまで、これまでの人生で出会った人たちのリストを書き出すことである。現在の人の方が新鮮だから現在から始めるのがよい。(143) 実践する者は想起すると同時に特別な仕方で息をする。ごくわずかに右から左へ頭をまわしながらゆっくりと息を吸う。吐くときも同じである。そうしてまずリストをつくらなくてはならない。一番最近出会った人物を始めに、そして母と父を最後に。 私が次にドン ファンの家に行ったとき、自分の要約の項目があてどもなくさまよい、またそうさせていることを報告した。わたしはUCLAをはじめて訪れたときのことを思い出した。ガールフレンドのルームメイトを案内したときのことだ。私はそのキャンパスの美しさにひかれ、そこに約束をみた。しかし彼女はいらついていた。 彼女にとって学校は人生の責任をまっとうできるような場ではなかった。私がUCLAで勉強したいと言うと、彼女はますます怒った。「仕事をしなさいよ。8時から5時までの生活をしにいくのよ。くだらないことは考えないで。それが人生ってもんよね...あたしはもう教育されすぎたわ、でも仕事に出会えないのよ」 とにかく何がなんでもUCLAに入りたかった。それはたんなる一時の欲求ではなく、なにか畏敬すべきものの領域にあることだったのだ。このとき、私は彼女との間にUCLAというものが楔のように打ち込まれて、それが私たちを分離してしまったような妙な印象を持った。 ドン ファンはこの出来事を私の意図が発動したことだと言った。だが戦士−旅する者はほとんど痕跡を残さず、軽くそれにふれねばならないのだ。 「要約の力はわしらの人生のゴミを全部かきまわし、それを表面に持ってくることだ。」 そのときだった。ドン ファンは古代メキシコのシャーマンたちがエネルギーを直接見て作り上げた観念 concepts の配列 arrengement を出してきたのは。しかし分類することには意味はないのだ、そうドン ファンは言った。 古代メキシコの呪術師たちは光り輝く繊維でできたエネルギーフィールドを見た。その束の流れは要約 recapitulation と関係していて、呪術師たちはそれを意識の暗い海 dark sea of awareness とかイーグルと呼んだのだ。 そして、すべての生き物はその意識の暗い海へとつながる丸い点、つまり集合点 assemblage point を持っている。知覚は意識の暗い海のもつ神秘的な相 aspect によってそこに集められる。 そして、宇宙のエネルギーフィールドはその点を通って、感覚データ sensory data に変換される converted。それから感覚データは私たちが知っている世界として、知覚され、解釈される interpreted 。 光り輝く繊維を感覚データへと変えているのは意識の暗い海である。呪術師たちはこの変換を見て、それを 意識の輝き glow of awareness と呼んだ。それは集合点のまわりの 光の輪 halo のように見える。 **************** P.148 -149 ******************* 言葉をかなり強調しながら彼は言った。私たちが有機体の感覚 senses と呼んでいるものは意識の諸段階 degrees にしかすぎないと。もし私たちが感覚とは意識の暗い海だということを受け入れるならば、私たちは感覚 senses が感覚データから作る解釈もまた意識の暗い海である、と彼は主張した。私たちがすることにおいて、周りの世界に向き合うことはどんな人間にも備わっている解釈システムの結果である。存在状態にあるすべての有機体は環境の中で機能することを可能にする解釈システムを持っているに違いない、とも言った。 「前に言ったが、終末的な大変動の後に来た呪術師たちは、死の瞬間に意識の暗い海が集合点を通して、いわば生き物の意識を吸い込むことを見たんだ。意識の暗い海は、自分の生を語ること recounting をした呪術師の前では、こう言おうか、一瞬ためらう。彼らには知られていなかったが、あまりに完全にそうしたので、意識の暗い海が生の経験の形にある意識を連れていかず、生の力に決して触れなかった場合もある。呪術師たちは宇宙の力について、巨大な真実を見つけた。意識の暗い海はわしらの生の経験だけを欲しがっていて、生の力はそうではないんだ、ということだ。」 「わしらが自分の生活を反復するにつれて、前にも言ったが、ありとあるガラクタが表面に出てくる、そう呪術師は信じている。わしらは自分たちの一貫していないことや、反復 repetition を理解するが、自分の中の何かが要約することにひどく反抗するんだ。巨大な変動の後でだけ道が自由になる。つまり細部をとても明晰にした、わしらの土台を揺り動かす出来事の記憶がスクリーンに登場したあとで、道が自由になる。それはわしらが生きた現実の瞬間 actual moment へ引きずっていく。呪術師たちはそれを案内者 usher と呼ぶ。なぜなら、そのときからわしらが触れるあらゆる出来事は再び生きられ、たんに思い出されるというものではなくなるからだ。」 「歩くことはいつも記憶を押し出してくれる。」とドン ファンは続けた。「古代メキシコの呪術師たちはわしらが生きるすべてのことは感覚 sensation として脚の裏側に蓄えると信じていた。彼らは脚の裏側が人の個人的歴史の倉庫だと考えていた。だから、丘に歩いていこう。」 *********************************************** 案内者 として仕えることができる出来事を思い出すために何かが導いてくれるだろう、そうドン ファンは帰ってきてから言った。全力を尽くしてやるように、と私を一人残した。 あたりの静けさに引きずられて、私は一瞬きわめて沈黙の状態に陥った。胸のあたりに動揺が走った。あたかも囚われていたものが突然解放されるようにして、子供時代の記憶がよみがえってきた。 9歳の頃、祖父と一緒にビリヤードをしていたのだ。私の腕が上達したのである日祖父を負かしてしまった。それ以来わたしがわざと負けると祖父は怒りだした。あるときあまりに怒りが激しく、祖父はキューで私の頭を激しく打ったほどだった。 ある日、ファレーロ キロガというその店のオーナー、兼ギャンブラーである暴力団員が祖父といるところに出くわしてしまった。キロガはこの上ないほど上品な顔立ちと物腰と装いをしていた。その町では多くの人が貧しく、格好も貧しかったのだが。 祖父はその男に私と勝負してもらえないだろうか、と頼んだ。おまけに賭をしようとまで持ちかけた。キロガは疑い深そうに私をみて、きちんとした札束をおいた。祖父は持っているお金を全部かけて遠慮なく叩きのめしてくれなどと彼に言った。 キロガはその通り全力で向かってきたが、一回ほんの少しのところでミスをした。私はそれでキューをとり、勝ってしまった。祖父は喜んだが、驚いたことにキロガも喜んでいた。その二日後、学校帰りにキロガに関わりのある者から声をかけられ、私は彼のところに行った。 実のところ、コーヒーとダーニッシュペストリーが食べたかったのだ。キロガは私に賭ビリヤードをやらないかと誘った。もしかまわないなら私のためだけのパン屋を買ってやってもいいと言った。私は見知らぬ人間とビリヤードをやってみたくもあって、承諾した。 それ以来、週に2,3度、賭ビリヤードをやり、そのつど信じられないぐらい贅沢なペストリーをたべ、町の店で買うものはなんでもあとでキロガが支払うということになったのだ。あるとき近くの町から凄腕の挑戦者がやってきたが、負けたらおまえを殺すかもしれないというみんなの陰湿な期待を裏切らず、その勝負に勝った。 ほどなくして、私はキロガから呼び出された。もう金はおまえの口座にたくさん振り込んである、ついてはひと勝負八百長をやってもらいたいというのだった。これは頼みではなく、すごみをきかせた脅しだった。 私は人生で始めてこらえきれない状況に立たされた。なんとか逃げ出したくなった、が同時に好きなものを何でも買えるという魅力にも抗しきれなかった。どちらを選ぶか、その選択からも私は逃げていた。予期せぬことだったが、祖父はまるでこのことを知っていたかのように引っ越した。彼は私を一番初めにそこへ行かせた。もしかしたらまったく私の苦境など知らず、ただ直感的な行動だったのかも知れない。 ドン ファンが帰ってきたので、私は回想から連れ出された。かなり神経質になっていた。ケロシンのランプの光に慣れるまで時間がかかった。深い悲しみの中に、奇妙に超絶した感情の中にいた。それは暗闇の中からやってくるほとんど手の届かない望み longing ともいうべきものだった。 *********** P.158 ***************************** ドン ファンの声で私はコントロールを取り戻した。彼は私の苦悩の理由、その深さを知っているように見えた。そしてその場の状況に合わせるように声をやわらげた。その声の厳格さで私はコントロールを取り戻したのだが、同時にそれは疲れと精神的刺激へのヒステリカルな反応に変わった。 「出来事を話すってのは呪術師にとっては魔法のようなもんさ。」彼は言った。「たんに話を語るってことじゃないんだ。それは出来事の下にある骨組み fablic を 見ること だ。だから物語ること recounting はとても重要で計り知れない。」 彼が要求したので、私はドン ファンに思い出したことを話した。 「なんてぴったりなんだろう」くすくす笑いながら、彼は喜ぶように言った。「わしが意見を言えるとしたら、そうだな、 戦士−旅する者 はパンチをかわす roll with teh puches ってことだよ。衝動 impulse が連れていくところならどこにでも行く。 戦士−旅する者 の力は油断なくしているってことだ。最小の衝動から最大の効果を手に入れるためにな。とくにその力は干渉することじゃない。出来事が力を持っている。それ自体の重力をもっている。旅する者はたんなる旅する者だ。やつらのまわりのものすべて、これはその連中の目にだけ存在する。こんなやり方で、旅する者はあらゆる状況の意味を作り上げる。どうしてこういう風にとか、あんなふうにとか聞くこともなしにだ。」 「今日、おまえは人生をまとめ上げる出来事を思い出した。」彼は続けた。「決して解決しなかったものと同じことにいつでも出くわすだろう。おまえはファレーロ キロガの邪悪な取引を受けるか断るか、決して選ばなかった。」 「 無限 はいつもわしらを選ばなくてはならないという恐ろしい場所に放り出す。わしらは 無限 を望み、だが同時にそれから逃げようとしている。湖に行って飛び込みたい、そう言いたいだろうが、同時にそこにいるようにも強制されるんだ。おまえにとってはそこにとどまるよう強制される方が無限に易しいことだろう。」 *********************************************** |