時の終わり−有り難うと言うこと



 「戦士−旅する者はどんな借金も返さないでおくことはないもんだ。」ドン ファンは言った。  私の人生での借金を返すときがきた、と言うのである。たとえまともに返すことができなくても、 無限 をなだめるために名目的に返すことが必要だ、と言うのである。私は何のことかわからなかった。

 ドン ファンによれば、心からの感謝を捧げたい人に「借金を返す」ことをしなくてはならない。それはいつか私が話した二人の女性、パトリシア ターナーとサンドラ フラナガンに借りたものだと言った。この二人を見つけて返済することはとても単純なことだが、ほとんど不可能なことらしい。「おまえは個人的な負債の敷居を乗り越えて、一息に自由になるんだ。前に進むために。もしそいつを越えなかったら、わしと続ける意味はないぞ。」

 彼はその仕事を別に発明したわけではなく、 無限 自体から受け取ったのだと言った。そしてこれに成功することはむしろドン ファンにとって意味のあることなのだ、とも言った。つまり私が失敗すれば私にとって失うものはほとんどないが、ドン ファンにとっては自分の系統の継続性、あるいは黄金の鍵で私がその系譜を閉じる可能性が絶たれることになる。

 「おまえが知っているどんな感情からでもこの負債を返すことをしてはならない。それは純粋な感情に導かれていなくてはならない。 無限 に飛び込もうとしている 戦士−旅する者 の感情だ。それをする前には、振り返って、よくしてくれた人々にさよならを言うんだ。」

 私は junior college の頃、パトリシア ターナーの家にあったアパートに暮らしていた。その家の家事手伝いをするかわりに部屋と食事を提供してもらっていたのだ。家の主はアルコール中毒で、彼は家では酒をのまないことになっていたから、私が書斎にこっそり酒を運んだりしたこともあった。

 私はパトリシアにぞっこんだった。そして彼女は私の母親みたいなものでもあった。彼女は大学で演劇を学び、体を鍛え、ブロードウェイで歌うためにがんばっていた。いつもパトリシアと一緒にいたのが隣に住んでいたサンドラ フラナガンで、彼女はパトリシアとは逆に丸い顔立ちに官能的な唇をした、アライグマより健康そうな女の子だった。

 私はたぶん親しみ深さから彼女たちふたりを愛していた。そこでニコラス フーテンという色男に、同時に二人の女性を愛するコツを聞きに行った。彼はこんなアドヴァイスをしてくれた。たとえば映画館に行ったら二人の女の子たちの間に座り、いつも左側の女の子に注意を向けていること、ただし彼女たちがトイレに行った後は、すわる場所をとりかえてもらう。そうやって二人の女の子と公平につきあったらどうだ、というのだ。この馬鹿げたアドヴァイスを真に受けて、わたしはパトリシアとサンドラに実際に試した。

 しかし、パトリシアはそうされるとすぐに怒りだし、映画館から出てしまった。わたしは罪の意識にさいなまれながらもサンドラにキスをしていたが、またパトリシアが入ってきて、私をなぐりつけた。その日私たちは虚脱感にとらわれ、何も言わずに帰った。この三角関係で、誰も何も解決せずに時がすぎたが、ある日、それぞれが全く絶望し、別々の方向に逃亡し、以後決して会わなかった。

 私は荒廃した。誇張することなく、私はこのときに地獄に行ったと思う。ドン ファンからの影響がなかったならば、私は自分の個人的な悪魔の手から生き延びることはなかった。私はドン ファンに、何をしたのであれ、間違ったこと、あのすばらしい人々にあのような下劣で馬鹿げたいたずらで関わってしまったことなどを話した。

 「間違ったというのはだな」ドン ファンは言った。「おまえたち三人がエゴマニアになってしまったってことだ。自尊心でほとんどだめになっちまったんだ。もし自尊心がなかったら、そこには感情しかないのさ。
 ちょっと言わせてくれ。おまえの世界には意味があるかもしれない単純だが直接的なやり方をしてみるんだ。あの二人の女の子の記憶の中から、自分に向けた言葉をとっぱらってみろ。たとえば彼女はわたしにこれこれしかじかのことを言った、だとか、彼女は叫んだ、もう一人も叫んだ、 わたしに とか。そうやって、自分の感情のレベルから動かないようにするんだ。もしおまえが自尊心を持っていなかったら、他のなににも変わらないで残るものは何だ?」

 私は曲がることのない unbiased 愛だ、と言った。そしてその愛は当時と同じように今のものでもあるとも言った。私は真実そう感じているし、長年つきまとっていた苦悩の痛みを感じていた。

 「今回は、それをおまえの沈黙から抱きしめてみろ。粗野なバカ者になるな。最後のときと思って、全部抱きしめてみろ。 地上の最後のときであるかのように 意図 しろ。おまえの暗闇から 意図 するんだ。もしおまえが値するものならば、彼らに贈り物をするときに、自分の人生全部を二度まとめあげることになる。この手の行為は戦士を空気のようにし、ほとんど蒸発させる。」(134)

 私もまたもし失敗したら 無限 に向かうという機会を失うのだと思った。パトリシアとサンドラの記憶は取り返しのつかない喪失による破壊的な感覚を生々しく産み出した。確かにこの生を越えて、私たちの間には何か解かれていないものがあるのだった。ドン ファンは最後に彼らを見つけたら、ぐずぐずとどまっていることはできず、悔恨、憐憫、エゴを全部捨て、ただ償いをするだけの時間しかないのだと言った。

 私はまず彼らの両親を探すことから始めたが、手がかりはなかった。そこで人を雇って探しだした。彼女たちはニューヨークにいた。それも近いところに住んでいた。私はニューヨークに行き、まずパトリシアに向かった。彼女はブロードウェイのスターにはならなかったが、プロダクションに所属していた。私が尋ねるとショックを受けたようで、私たちは手を握り、涙ぐんだ。これから戻ってこない旅に出るので、感謝の気持ちを表すためにやってきた、と言った。

 彼女はその不吉な言い方に驚き真意を尋ねた。ただこれは比喩的に言っただけで、南アメリカにまた帰るだけなのだが、ただ戦いは過酷で状況は厳しく、もし私が成功したいのならば、持っているものをすべて与える必要があるのだ、とも言った。(135) 彼女はもっと大きく、力強く、またもっと洗練されたようだった。ドン ファンは正しかった。私は彼女の手にキスをしたとき、悔恨を持たず、ただ圧倒的な感情にひたされた。

 自分の手に入れられるものなら何でも贈り物をしたい、とパトリシアに言った。「あなたの偉大なところは何も持っていないし、持とうとしないことじゃないの?」彼女は私たちを救うことができなかったが、それでも私を愛していると言った。そして半分泣きながら、半分笑いながら、「ミンクのコートでも買ってくれる?」と言った。もし彼女が気に入らなかったら、店に送り返してお金を受け取ってほしいと言うと、彼女は昔そうしていたようにパンチをつきだした。

 もしできれば帰ってくるが、しかしそうでなかったら私の生の力が私を引っぱったのだと理解して欲しいと言った。それから自分の人生の残りのために、またおそらく生を越えて、あなたの記憶を持っていくだろうとも言った。 この仕事を終えたあと、しかし私は蒸気にはならなかった。それどころか傷口が拡がり、骨の髄まで霧が突き刺したようだった。

 私はサンドラに会いに行った。彼女はニューヨーク郊外に住んでいた。まるで幽霊を見たときのような顔をした。彼女はもっときれいになったようだが、それはたぶん家と同じくらい巨大になったからだろう。「なぜ、あなた、あなた、あなた!」ほとんど私の名前など言えなかった。それから少し怒ったように、自分はもう結婚しているし、3人の子持ちだし、とても満足していると言った。

 また自分の夫についても彼が依存的であり、すこしセックスをしてもすぐにくたびれ、病気になりがちだが、それでも三人の子供を作ったし、三番目の息子のあとはただしなくなり、それでも彼女には何でもないことだ、などともまくしたてた。私は彼女を落ち着かせ、ここに来たのはたださよならを言うためで、彼女の生活を変える意図などはまったくないこと、自分の感謝の気持ちとして、決して死ぬことのない感情のシンボルとして名目上の贈り物をしたいということを伝えた。(137)

 彼女は私たちの生活がとても恐ろしいものだったこと、深く影響されたことなどを話した。信心深いカソリックであるにも関わらず、自殺まで考え、それでも子供たちに慰めを見いだしたと言った。私たちがしたことはなんであれ若者の気まぐれであり、容易に消し去ることはできないが、恥として隠さねばならないとも彼女は言った。

 何か贈り物をしたいと私は申し出た。サンドラは最初パトリシアの言葉をそのまま言った。そして子供達を乗せるようなステーションワゴンが欲しいと言った。本当はそんな贈り物ができるような人ではないとわかっているのだけれども、と付け加えた。次の日、ディーラーから車が届くのを私はこっそり見ていた。彼女は驚いた。だがそれは喜びの表現ではなく、身体的な反応、非常な悲しみ、驚愕の表現だった。私はシートの上でくずれ果てていた。

 ニューヨークへの列車の中で、またロサンジェルスへの飛行機の中で、ずっとつきまとっていたのは自分の人生が終わりつつある running out ということだった。握りしめた砂のように消滅していくという感覚だった。ともあれ、このありがとうと言ったあとでも、解放されたとか変わったとかいうことはなかった。より深い奇妙な感情の重荷を感じていた。

 ロドリゴ カミングズは決して書かれなかった本のタイトルに「わたしたちはみなハリウッドで死ぬ」とか「わたしたちは決して変わらない」とか考えてそれを気に入っていたが、中でも私が気にいったのは「ロドリゴ カミングズの生と罪から」というものだった。私はロドリゴだった。時間と空間につなぎ止められ、二人の女性を自分の生より愛し、それは決して変わらない。そして友人の誰とも同じように、ハリウッドで死ぬだろう。

 「私はドン ファンに報告しながら疑わしい成功と考えるものを話した。彼は臆面もなくそれを却下した。私が感じているものは単に耽りと自己憐憫の結果にすぎないというのだった。そして、さよならとありがとうを言い、それを意味あるものとして本当に持続させるために、呪術師はそれらを作り直さなければならない remake、と言った。
 「今すぐ、自己憐憫を消せ。自分が傷ついたという考えを消すんだ。そうすれば一体何が取り消しようもなく残るか?」
 別のものに変わらない残り物として私が持ったのは、彼ら二人に究極の贈り物をしたという感じだった。何かを新しくするという精神でではなく、あるいは自分を含めて誰かを傷つけるという思いででもなく、ドン ファンが私に指し示そうとした戦士−旅する者の精神をもってのことだった。彼は言った。その唯一の徳 virtue は、彼に影響した affect ものの記憶をすべて生き生きと保っておくことにあるのだと。そして感謝と別れの言葉を述べる彼の唯一のやり方は、この魔法の行為によって、愛したものすべてを沈黙のうちに蓄えるものなのだ、と。」  

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