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TOPIC サステインドアクション情報
 
Subject ジョアニー・バーカーとカスタネダの写真
Author イストラン [ 2844 to イストラン ]  2/28/Fri/2004   

http://www.sustainedaction.org/Images_Photos/Carlos%20and%20Joanie%20Wedding%20Big.htm

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トピック= 2839 宛先= 2843 同宛先= 返信=
 
Subject ジョアニー・バーカーとクレメント・メイガン
Author イストラン [ 2843 to イストラン ]  2/28/Fri/2004   

以下はカスタネダのクロノロジーから


1959年?月 カスタネダとマーガレットは二人でアンドリア・ファーリッチの『聖なるきのこ』(The Sacred Mushroom)を読む(『運命』("Fate")所収のマーガレットの記事から)

1960年1月27日 カルロス・アラーナ・カスタネダはマーガレット・エヴリン・ラニアンとメキシコのトラクィテナンゴで結婚する。(マーガレットによると、この突然の結婚は中東のビジネスマンに対する嫉妬によるとなっている。彼はカスタネダに離婚が成立次第マーガレットと結婚すると言った。カスタネダは宣言した。「俺を殺してからにしろ。誰にもマーガレットと結婚させない。」或る日の短い会話の後で、マーガレットはカルロスの黒いフォルクスワーゲンに乗り込み、ティファナを目指した。(『マジカル・ジャーニー』pp.80-81)[しかし彼らはティファナを遠く過ぎてしまったに違いない。彼らの結婚証明書にあるトラクィテナンゴはメキシコシティーの南のモレロス州にある。]

1960年1月後半−6月? カスタネダはマキューシク教授とクレメント・メイガン教授による「フィールド考古学の方法」を受講する。[後でメイガンの編集アシスタントとして働くことになるグロリア・ガルヴァン・サンはこの講義をシャーマニズムに関するクラスと言っている。そしてメイガンのことを「彼自身シャーマンのような人物」と言っている。]マーガレット・ラニヤンによると、メイガンは学生たちに、彼らが実際にインディアンを取材したときには「A」を与える約束をしていたという。(『マジカル・ジャーニー』p.82)

1960年夏−マリー・ジョアン・バーカー(「ジョアニー」)がカスタネダと関わる。後に彼女のことをカスタネダは日曜グループに「ドンファンの最初の弟子」と言っている。[ダグラス・プライス−ウィリアムズは、UCLAの教授であり、カスタネダの友人(そして1970年初頭、フロリンダの論文のアドヴァイザーだった)だったが、ジョアニーのことを覚えていて、彼女は最初1960年夏ごろにUCLAの図書館員として雇われていたと述べている。(つまり、マーガレット・ラニアンとカスタネダが別れた時期にあたる)ジョアニーはじきにカスタネダのボーイフレンドとして紹介され、そう言われている。そしてのちには彼の「フィアンセ」となった。]

彼らの関係の初期に、ジョアニーはカスタネダをモロンゴ・インディアンの居留地に連れて行ったと推測されている。ここは彼女の実家であるカリフォルニア州のバニング近郊にある。マーガレットによると、この時期、「カルロスは一回に数時間家を空けるようになり、それが数日になった。他の女を見つけたのだと私は思ったが、否定された。カルロスはインディアンによる薬草使用についての研究のために砂漠へ旅していると言った。彼女はまたこう報告している(『マジカル・ジャーニー』p.81)。メイガンへの論文のために、カスタネダは「パームスプリングズのそばの居留地で一人のカフイヤインディアンと研究していて、コロラド川を下り、そこのインディアンと研究していると。ついに、ジムソン・ウィード(ダツラ・イノクシア)について多くの情報を話してくれる一人の男を見つけた。そしてこれがカルロスの卒論のもととして役立つことになった情報なのである。」

 メイガンはこの1960年論文について回想している。「彼の情報提供者はダツラについて多くのことを知っている。それは或るカリフォルニア集団によってイニシエイト儀式で使われる薬物だ。しかし思うに、他の多くの人類学者は40年か50年前に視野の外に置いていた。実際にこれを知って使っているインフォーマントを彼は見つけたということになる。」論文は植物が四つの頭を持っていること、それらの違った目的、根の意義、調理方法と準備儀式に言及している。これらすべての情報はのちになって、『ドンファンの教え』では1961年、8月23日から9月10日の間に訪れたドンファンから学んだとされている。そのときメイガンはこの論文(大人数のクラスで、インディアンのインフォーマントを扱った三つの内の一つ)を褒め、アカデミックな文献に大きな貢献をしたと言った。

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トピック= 2839 宛先= 2839 同宛先= 返信= 2844
 
Subject サステインドアクション情報
Author イストラン [ 2839 new post ]  2/25/Tue/2004   

 サスティンドアクションとは何か。サスティンドアクションの前身は「ナワリスト・ニューズ・レター」を編集出版していたグループだった。

 このグループはカスタネダの日曜セッションに集っていた人たちの中で、ナワリズムに関する<客観的>真理を追究する姿勢を持った人たちと言える。

 彼らは1994年から5年にかけてこの雑誌を編集し、将来的には出版することも考えていたようだ。しかし、同じ日曜セッションに集っていたカスタネダの女弟子たちのグループから、この雑誌を取りやめるように言われ、企画は中断した。

 この経緯を見ると、カスタネダのまわりに集っていた人たちの中で、次第に権力を握る者たちが現れてくる様子がうかがえる。サスティンドアクションによれば、その権力の元はカスタネダの<性>であり、タイシャ、フロリンダ、キャロル、パトリシア(青い偵察)は彼のハーレムを作っていた。そうした噂は後を絶たなかった。そして内情を暴露する女性がついに現れた。それが通称エリス、有名なアーヴィン・ウォレスの娘であるエイミーだった。

 彼ら女弟子たちはカスタネダと共同してクリアグリーンなる団体を作った。しかし今ではその創始者たちはいない。彼らは<高次元のところ>からアドヴァイスしていると言われる。

 しかし女ナワールのキャロルが10年間第三の注意力の中をうろつきまわっていたというクリアグリーンの主張にも関わらず、実際には実家で鍼灸師の勉強をしていたことが判明しており、そのような情報を多く持つサスティンドアクショングループは、クリアグリーンをどうしようもない堕落した団体だと受け取っている。

 サスティンドアクションは端にカスタネダのいかがわしさを訴えている団体ではない。活動だけ見れば、クリアグリーンの足をひっぱることばかりしているが、その実は、その発生点における意図をいまだもっているように見える。つまり、真実とは何かということの追求である。それは本当のグルを求めてうろついていたカルロスの旅とその点では変わるものではないだろう。彼らにとってはクリアグリーンは性欲と権力志向のできそこないの人間たちが作ったものであり、カスタネダ神話に耽ってそこから生活の糧を稼いでいるどうしようもない堕落した団体ということになる。

 おそらくクリアグリーンはサスティンドあるがために神話を作り続けるよりは、健康と美容によいテンセグリティ路線というものに変質し、その過程で過去の創始者達へのしがらみを消し去ろうとしているのではなかろうか。それ以外に彼らの生きる道はなさそうに思える。

 非常に逆説的なことであるが、カスタネダから生まれた団体が、カスタネダから離れていこうとするのが感じられる。彼らにとってはカスタネダの生まれや、学業、仕事、その実際の個人的な歴史などどうでもよい。しかしこの思想はその個人史から離れて記述されるとたんなるアデプト物語になるが、実際には個人の傷ついた精神史に地盤をもち、社会を背景にしている。サスティンドアクションにはそうしたものへの洞察が散在している。そこにはアデプト物語の陶酔はないが、それでもそちらの方が思想としての本流に近いのである。

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