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TOPIC 心と心
 
Subject 言葉と体験
Author イストラン [ 2811 to 宇宙塵 ]  1/24/Fri/2004   

>もっとも、貴方は、僕とryudaさんを今だ同一人物と考えて
>いるようだけどね。(これは、チョット情けなかったね、マッ、
>無理もないけど、、、、)。
>言っとく。彼は、まったくの赤の他人だ。

 ryuda氏と同一人物だと思ったことはないし、IPを調べてもいない。つまりどうでもいい。こうした<妄想>をさも現実であるかのように取り違える習慣にふけっていると今後どうしようもないことになるだろう。


>イストランさん、
>「ドン・ファン言説」の正当性は、こういう「実演」や「体験」
>を通してしか相手に説明できないもんなんだよ。
>解かるか?

 だからそんなものは妄想なんだって。上のトンチンカンな思いがそれを証明している。


>貴方には、僕の言うことは頭のイカれた人間の戯言とし
>か映るまい。でも、それはそれでいいんだ。こんなことは、
>おいそれと認められることじゃないからね。それは僕も充
>分承知している。

 貴殿が承知しなければならないことは、自分の妄想の中に他人を容易に引きづり込むことだよ。私はこのサイトを宗教妄想患者のために作ったんじゃないんだ。もっとまともで、もっと冷静に、しかも事の本質を深く捉えようとする精神のために作った。

 今まで馬鹿が何人かやってきては、くだらん書き込みをしていった。そのいの一番は、ixtlan.orgでわけのわからん、どうでもいい一行レスをつけまくった人物だが。貴殿はそれから比べればはるかにまともで、カスタネダに関しても、しようと思えば冷静に深く考察することができるだろう。しかし、どっかおかしい。その原因は読解力のなさにある。と私は思っている。


>IP発覚以来、貴方は、ズーッとこの舞台から僕を排除しよ
>うとしてきた。様々なプロテクトの方法を使ってね。

 したのは二つのIPから投稿が来たら拒否することだけ。しかもその前にちゃんと釈明せよと条件を出してある。それをほっぽり出して、ほとぼりが冷めたらまた何食わぬ顔で別名で投稿してくる。どうなっているんだ、その脳味噌は。


>だけど、どれひとつ成功しなかった。
>何故だろう? このことをよく考えてみることだね。

 だれかが頑張って解除したか、それとも私が途中で別のプログラムを挿入してそのままにしてしまったか、のどちらかだな。


>すでに述べたように、「聖霊の囁き」は、誰にでも公平に
>絶えず降り注がれているんだ。貴方にさえもね。

 その精霊が見せてくれたのは、どっかのアホが妄想しているということだけだったとすれば、空しいの一言しかない。


>レスは結構です。もう、「呪術」の舞台、その「実演」は
>終わったんだからね。

 もう終わりもう終わりと言いつつこれまで投稿してきたんだ。いつまでも続けたらいいだろう。カスタネダが陥った思想、そしてそれにイカレタものたちの思い、こうしたものは個人を超えている。私や貴殿がカスタネダを自分のものにしようと思っても、それが思想になりえる限り、我々の手から逃れて、別の機会に別の時間と別の場所でまた意味を持つだろう。思想の世界に「さようなら」はない。

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トピック= 2721 宛先= 2810 同宛先= 返信=
 
Subject 言葉と体験
Author 宇宙塵 [ 2810 to イストラン ]  1/23/Fri/2004   


イストランさん

今度の「特異な出来事」の主役は、ryudaさんだったんだよ。
そして、貴方と僕はその脇役だったってわけさ。
もちろん、舞台監督は、聖霊さ。 「力」だ。
そして、われわれ全員が、「力」の、聖霊のトリックに嵌めら
れたってわけだ。

ryudaさんを、僕が主役とする理由は、貴方が思う以上に深
いことなんだ。
最初、僕はmosquitoさんとryudaさんの両方に呼びかけ
を行った。でも、結局、ryudaさんしか出てこなかった。
この「配役の妙」は、貴方が思う以上に深いことなんだ。
マッ、それはいい、今それを言うと、話をより複雑にして
しまうからね。

とにかく、ryudaさんと、我われ二人が、「力」に選ばれた
ってわけだ。
もっとも、貴方は、僕とryudaさんを今だ同一人物と考えて
いるようだけどね。(これは、チョット情けなかったね、マッ、
無理もないけど、、、、)。
言っとく。彼は、まったくの赤の他人だ。

イストランさん、
「ドン・ファン言説」の正当性は、こういう「実演」や「体験」
を通してしか相手に説明できないもんなんだよ。
解かるか?
つまり、貴方の望むような論証や議論では、無理ってことだ。

貴方には、僕の言うことは頭のイカれた人間の戯言とし
か映るまい。でも、それはそれでいいんだ。こんなことは、
おいそれと認められることじゃないからね。それは僕も充
分承知している。

IP発覚以来、貴方は、ズーッとこの舞台から僕を排除しよ
うとしてきた。様々なプロテクトの方法を使ってね。
だけど、どれひとつ成功しなかった。
何故だろう? このことをよく考えてみることだね。

すでに述べたように、「聖霊の囁き」は、誰にでも公平に
絶えず降り注がれているんだ。貴方にさえもね。

最後に、あの言葉をもう一度、言わせてもらうよ。
というか、貴方にはずいぶん非礼をはたらいたからね、
その「お詫び」と思って欲しい。

>「お前はこれまで、なぜほかならぬ自分がこうなったのか、自問したことがあるか? お前が選ばれることになったのは、力の構想による。誰も力の構想を見分けることはできない。いったん選ばれたからには、お前はどのようにしてもその構想の実現を阻むことはできないのだ」
>

レスは結構です。もう、「呪術」の舞台、その「実演」は
終わったんだからね。

貴方には、随分お世話になった。本当にありがとう。

さようなら。

返信(引用有)   返信(引用無)   全スレッド   ツリー表示   最新20   新規投稿   削除   編集
トピック= 2721 宛先= 2802 同宛先= 返信= 2811
 
Subject 言葉と体験
Author イストラン [ 2802 to 宇宙塵 ]  1/15/Wed/2004   

 カスタネダ語を使って自分の行動の言い訳をしたりすることはやめなさない。昨年11月からの貴殿の振るまいは、端に読解力がないことに起因するトンチンカン、自画自賛するポンポコリン、これ以外の何ものでもない。もう一度詳しく引用してもいいが面倒くさい。

 私はお宅が好きでも嫌いでもないが、このようなことに関わる人間によく見られる一タイプと認知している。それを一言で言うと、信仰者となるわけだが。

 誰でも最初はカスタネダなんて知らないし、ドンファンも知らない。日本人であれば、真崎訳から入る。イカレル彼ないし彼女はそれまでの人生体験からイカレル。もしかすると他のニューエイジ的なものにイカレていたのかも知れないし、そうでないかも知れないが、そもそものとっかかりは「本」、つまり「言葉」だ。

 最初のとっかかりがそれだけでないのは、フロリンダやタイシャ、それからエリスのようなカルロスの近くにいたものだけだ。さて、このレスでお主は「体験」が重要だというが、それもまた信仰者の陥る考え方なのである。なるほど体験が重要なんだが、赤信号を無視して車にはねられたというような単純な体験ではない、このような信仰者が言うのは。そこには複雑極まりない人生と言葉とのからまりがある。

 おまけに最初は言葉から入って、それから本体に近い人間の周りにできた<理念的集団>(この場合にはクリアグリーンだが)の中に入る人間は、当の本体の体験などは実はどうでもよくなっていたりするのだ。

 私はヤフー/哲学/西洋哲学に「歴史的イエスとキリスト教」というトピックを作って、いろいろ紹介しているが、まさにキリスト教という理念集団と同じことがカスタネダ集団で起こっている。新約聖書が、できてからおよそ200年間かけて、近い者、ちょっと遠い者、もっと遠い者、さらに遠い者というふうに輪を拡げていく過程で、<作成され><編集され>たものだというのは、いわばキリスト教の常識に属する。そんなことも知らないで、「神が現れて、お告げでは...」「イエスは私を...」こんなふうになるのは、いわゆる<宗教妄想>と言われている(ヤスパース『精神病理学』)。

 もちろん、君等クリアグリーナーはそんな宗教妄想と一緒にしないでくれと言うだろうが、構造として同じで、結果も同じなのだ、いわく「言葉なんかどうでもいい、実践が大事」だというふうになる。宗教妄想に陥ったキリスト教徒を相手に聖書をテキスト的に追求すると、「言葉なんてどうでもいいのよね」となって逃げる。もっともキリスト教は<言葉の宗教>と名付けられるぐらい聖書の<書性>を大事にするから、あんまりこういうことは起こらないだろうが。

 さて君等クリアグリーナーは、

「ちなみにセミナーで知り合った男から得た情報のひとつでは、かってクリアグリーンにいたメンバーのひとりがサスティンドアクションに流れたという話があります。その人からのメーリング・リストも活発だったと聞いております。教団的な組織には付き物の話です。」(橋爪談、つまり宇宙塵談)

 というふうにエリスを見ているようだが、ちょっと頭を働かせてくれ。君みたいな、最初は「本にイカレ」、高じてクリアグリーン主宰のワークショップに出席し、とはいってもカルロスをたんに見ただけで、親しくするわけでもないし、呪術の奥義を教えてもらったわけでもない、つまりは互いに信仰心を高め合って、テンセグリティを練習した<だけ>の人間と、<最初からカスタネダとつき合っていた、そのつき合いにおいてはタイシャやフロリンダとカルロスのベッドでの回数ではひけをとらないだろう>エリスのような人間の書くものと、一体どちらが<カスタネダにより近い体験>を持ったのだろうかと。

 まずこういうことが<体験>ということから考えなくてはならないことである。

 それからもう一つ言いたいことがある。君等クリアグリーナーは、おそらくカスタネダに対抗しているのがサスティンドアクションただ一つだと思っているんではないのだろうか。そうではない。逆にカスタネダを傍証するようなものが何一つないというのが正解だ。普通、フィールドワークの信憑性とは、そのワークが他の人間によっても妥当かどうかが判断されるぐらい他の人間に<接近可能>であるからこそリアリティを持つ。しかしそうした接近可能性はまったくない。あるとしても、カスタネダの死後に、彼やドンファンの幻想が忘れられずに<宗教妄想>に陥った人間が書くようないかさまの<傍証>ぐらいで、文化人類学界からはとうの昔に<ピルトダウンマン>と同じいかさまだと認知されている。

 それどころか、カスタネダが引きずり込もうとした人間、マイケル・ハーナーや先に紹介した「ニューナワール」も、途中で愛想を尽かしてしまった。彼のことをカレッジ時代から知っている人間のインタビューでは、カルロスは典型的な<嘘つき、ほら吹き>となっている。君等がどう信仰しようとそれは勝手だが、肝心の本体に君等よりも近かった人間の証言と、君等みたいに想像の中でカリスマを作り上げている人間のいわゆる<信仰告白>と一体どちらが<まとも>なんだろうか。

 私は君等のような信仰者が「体験、体験」というのを聞くと非常に僭越な感じを持たざるを得ない。その体験なるものは、おそらく自分が過去に持った入眠時のイメージだったり、あるいはオリにふれてこの人生において感じたことにすぎないのではないか、と思っている。そのようなものは自分が何か特別な体験をもったという感じを抱かせるのだろうが、人間というのはそう単純なものではない。側頭葉を刺激すれば誰でも超越体験を持つというのは脳科学の知見であり、<能動的想像法>を使えば、あたかも実際に対話しているがごとくに、フィクションの人物と対話したり(それもかなりの長期に渉って)、それを契機に現実に意味的に介入しうるというのがユング派精神分析の奥義である(私はカスタネダのフィクションはこの能動的想像法という精神統合の結果ではないかと誰かが推測したら、そうかもねと言いたい気分になっている)。

 つまり君等が体験というとき、それはドンファンと持った体験でもカスタネダともった体験でもなく、自分の中でドンファン言説に接続しうるようなもので意味のありそうなものだというにすぎない。したがって、君等は実はカスタネダの実体験や実人生などどうでもいいのだし、ドンファンが実在しようとしなかろうと、それもまたどうでもいい。ドンファンは実在している、そう始めから決めているのだから。あとは体験とやらの印籠を提示すれば、好き勝手にドンファンの言葉を他人に向けて説教したり、自己の行動を意味づけするのに使ったり、自己弁護に使ったりするのだ、おたくのように。

 言葉を大事にしないということは、後ろに体験が控えているからではない。そうではなくて、<自分の体験>こそが絶対なんだという意識を持ちたいという欲望が見え隠れするというのはこの手の信仰者に共通する項目である。これは自分の人生に意味を失いかけた人間が信仰者になるときに必ず起こるだろう誘惑ではなかろうかと思う。

 まったく歴史的イエスと同じことが起こっていないだろうか。イエスとは実際にはどういう人物だったのか、福音書の間で相当にニュアンスの違いがあるのをどう解するか、第一パウロと第二パウロとはどう違うのか、こういったことは、お手軽なキリスト信者にはどうでもよいのである。つまり<他者の体験に迫るために言葉を大事にする>、などという姿勢はまったく持っていない。そのかわり言葉上の矛盾や陰影の差違、そうしたものは消し飛んで、神の子イエスが、老賢者ドンファンが神々しいオーラの中に浮かび上がるのである。

 私が今回介入したのは、宇宙塵氏が道元のことを持ち出したということもある。しかしこの脳味噌には道元を持ち出す資格はない。道元こそ臨済の<体験主義>に対して、言葉というものの持つ意味を、そこに異常な触覚をもって迫っていった人物である。言葉を大事にするということ、これは体験を重視することと矛盾したことではない。ましてそれは自分の体験こそが絶対だなどという自己中な態度とは正反対に、自分の体験も人の体験も平等に重視する態度につながるのである。

 私はここでクリアグリーナーに言っておくが、君等にとってはカスタネダの思想はどうでもいいのだろう。いいやどうでもよくはないと言いつつ、やってることはドンファン言説の中で自分の気に入ったものを取捨選択し、それを糧に人生に意味を与え、また人に説教し、また自分を弁護するということではないのか。それだったらカルロスや君等が内心馬鹿にしているだろうキリスト教徒とどこが違うか。この掲示板は言ってみれば「歴史的カスタネダとドンファンイズム」と題したいところだ。

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トピック= 2721 宛先= 2801 同宛先= 返信= 2810
 
Subject Re5: 心と心[編集:12/16][編集:12/16]
Author 宇宙塵 [ 2801 to ryuda ]  1/14/Wed/2004   

>やー、ごめんなさい。
>オレの読んだ半分は「意識への回帰」以降の作品なので、最初の方は知らないんです。でも小暴君の話は「意識への回帰」にありましたね。どーして小暴君とのたたかいが楽しいのか、今の自分にはわかりませんが、身の回りのケシツブ小暴君たちに感謝しつつ生活しています。でも、小暴君とのやりとりが、こころのある道なら、それって、イエスの言葉、
>「汝の敵のために祈りなさい。」
>「汝の隣人を愛せよ。」
>ってカンジなのかー!です。
>なんだかちょっとフシギです。
>
>ところで・・ryoさんってけたさん?ですか。(複数IP!)

やっぱし、貴方ってカンがいい! あなたの財産と言っていい。

いまどき、いい大人が複数のIPを弄んで、「自画自賛」して、そんなアホらしいしいこと誰がする?
ログを見ればすぐわかることだからね。

「いたずら者は、いたずらをして何かを教えるなんてことはしないさ」。

理由は、ドン・ファンのケシツブ小暴君との戦いを「追体験」したかったからなんだ。
ryudaさんと同じで、僕にもチョット理解しがたいところがあったもんだから。

もう分かってると思うけど、「タコ」が若き日の「ドン・ファン」、「流れ星」と「橋爪」が「身分の低い牧師」。二人も登場したのは、最初の牧師には「もぐり」さんしか引っかかってこなかったからさ。で、もう一回糸を垂らした。マンマと「イストラン」さんが引っかかった。楽しめたかって? そりゃ、楽しめたさ。きっと「イストラン」さんも楽しんでいたはずだ。口では罵倒してるけど、本心は、「宇宙塵」との会話を続けたかったんだよ。奴も俺のこと、最終的には好きになったみたいだね。(こう言うとまた怒るだろうな〜。)でも、レベルの低い会話だったね。これには、正直疲れた。

正直言って、後ろめたさはあったさ。でも、IPを複数使ったからじゃない。(もちろん、それが良くないことは知ってる。)
やましさってのは、こういう場に頭をつっこんで「おしゃべり」をすることなんだ。呪術は神聖な「実践」だ、「おしゃべり」することじゃないからね。これは、「ドン・ファン」信奉者としての、僕のモラルに反することなんだ。(貴方には解かると思う。)霊的な体験、神秘的な体験、呪術的な体験のない者の議論の行き着く先は、不毛な真偽論か、うすっぺらな心理学的解釈でしかないのさ。これは、カスタネダを語る際の「イロハ」なんだ。(これすら、わかってない。)

われわれの最大の問題は、「師」がいないってことなんだ。自分しかいない。もちろん、ドン・ファンは「師なしでもやっていける」とは言ってるさ。でも、カスタネダよりハンディーを背負ってることは確かなんだ。だから、カスタネダの著作をたよりに、自分自身の「個人的な体験」、「特異な体験」を掘り起こして真摯に反芻するしかないんだよ。もう一度言う、呪術は体験なんだ、おしゃべりじゃない。

これが、最後と言いながら、ここまで長引かせてしまったけど、これも、僕の未熟さを端的に物語ってると思う。これは、いかに<恥の感覚>の欠如した僕でも認めざるをえないね。

>わたしの情熱のせいで、
>不幸がやってくるという。
>かまいはしない、
>それが悪魔でも。
>死に方はわかっている、
>
>バレンチナ、バレンチナ。
>君の道に身を投げ出そう。
>もし明日死ぬものならば
>なぜ今日ではいけないのだ。

これが、ホントの本当の最後だ。
イストランさん、俺はホントに貴方が好きになってしまったよ。
貴方の笑窪が目に見えるようだ。じゃ、さようなら!

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トピック= 2721 宛先= 2728 同宛先= 2729 返信= 2802
 
Subject Re: 心と心
Author 宇宙塵 [ 2766 to ryuda ]  1/6/Tue/2004   

>はじめまして。
>オレはマンガとゲームから始まってカスタネダに行き着きました。なので哲学系はサッパリです。まだシリーズの半分しか読んでませんが「時の輪」と、ちくま学芸文庫の島田裕巳の本を読みましたので、基本用語?くらいは知っています。
>

はじめまして、ryudaさん。久しぶりにカンのいい人にめぐり逢えてホットしています。今後ともよろしくお付合いください。マッ、野天風呂にでもつかる感じでの〜んびりまいりましょう。

>ところで、最近オレはハートとマインドの違いについて考えたりしています。heartとmindは日本語に訳すと、どちらも心ってことになりますが「心のある道」はheart「外部装置の心」はmindで表記してあるみたいです。でも「本物の心」もreal mindになっているのでマインドが二つ、ハートが一つで人間の心はできているんだろうか?と考えています。しかし英語圏の人たちはハートとマインドの使い分けを実際どのようにしているのか?カスタネダの書物の中での使い分けは意識して行われているのか?日本語の「心」はどっちの心なのか?と疑問が次から次へとわいてきます。みなさんは、どう思われますか?
>

実は、あなたから「heartとmind」の話を聞いて、「う〜ん、いいとこ突いてくるな〜」と思わず考え込まされました。このテーマは過去何度も語りつくされたようにみえて、常に新しい問題だと小生思っているんです。で、必ずしも英語圏のネイティブに聞いたからってすっきりわかるもんでもない。ちなみに、イギリス人の非哲学系の友人に聞いてみても、以下のような返事しかない。

Heart = how you `feel` ...love...emotions...
Mind = how you `think` ...

これはこれで理解できるんですが、でも、mind だってfeel があってその上でthink してるわけですからね。(マッ、feel のプロセスを大幅にカットして、言葉だけをいじくり回す人もなかにはいますけど。)

小生がこの問題にイヤってほど向き合ったのは、かって日曜日毎に開かれていた某クリスチャン会衆の「聖書研究会」に出席していた頃のことです。どういうわけか、その場で聖書の言葉を聞いていても、自分だけが他のメンバーの中で「浮き上がってしまっている」感じがしたんです。みんな善良な人たちばかりで、あたたかく迎えてくださるのですが、この疎外感だけはズーットつきまとって離れませんでした。いったいこの違いは何なんだってのが、僕に突きつけられた問題でした。とても彼らを「盲信」の一言で片付けてしまうわけにはいきませんでした。実際、付合うほどに彼らの生活態度には「偽善」や「隠し事」や「裏表」がないことがわかり、ドン・ファンいうところの、おだやかでありながら強固な「無欠性」が感じとれたからです。(とても私には及びもつかないような、、、、)

同じ聖書の言葉を聴いていても、私は「前頭葉」に持って行ってしまっているのに、彼らは「からだ(身体)」というか、どこか別なところに落としていってる。つまり「こころ(心)」に落としていってるんじゃないかとある時思ったわけです。じゃ、「こころ」って何だ? これがわからない。もしかして、俺には「こころ」ってものが無いんじゃないかって思ったくらいです。で、辿りついた先が、彼らには身命を賭しても守り貫こうとする「神への愛」があると思ったことなんです。彼らにとっては、「神の愛」に達することが本気に目標であり、それが生活の支えではないかと感じたのです。彼らにとっては「神への愛」が、「こころ」そのものじゃないかと。だから僕に「こころ」が無いのは、当然と言えば当然じゃないかと。テキストの字義の解釈だけでは、同等のレベルには達しえないのです。

ただ単に、共に「抽象的な目標」ということで、彼らの「神への愛」とドン・ファンの「ナワールへの畏怖」を一緒くたに論ずる気はありませんが、あながち外れてはいないんじゃないかとその時思ったんです。別稿「恐怖なんて、愛情と比べたらなんてことないわ」で挙げたドン・ファンの言葉、つまり、

「ナワールを失うことに比べたら、死ぬことなどなんでもない。ナワールを失う恐怖は、わしにとって唯一現実的な問題なんだ。それがなかったら死ぬよりもひどいことになるんだからな」

これは、まさにドン・ファンの「こころ」そのものであり、「ナワール」を「神の愛」に置き換えれば、そっくりそのまま敬虔なクリスチャンの「こころ」にも通ずるところがあると思うわけです。で、ここからが本題です。カスタネダの全12巻に収められたドン・ファンの言葉は、大半がカスタネダの理性(real mind)に向けられた「ナワールの規則」、つまり「教義」であって、heart そのものは上掲の引用とか「こころの道」で述べられてる以外は、あまり直接的な言われ方はしていません。むしろ言うんでなくて、「呪術の実践」の指導という献身的な努力とか、「無欠性」という日々の生活態度ということでしか示されていません。彼自身は、吐き気をもよおすほどカスタネダを嫌っているにもかかわらず、それが「ナワール」の命令とあれば「疑念」を挟むことなく徹底して指導をほどこしている。ドン・ファンは、「呪術の実践」を通してカスタネダの「からだ」にもろもろのことを憶えこませたと思いますが、カスタネダは晩年に至るまで、この「こころ」という部分に関してはなかなか充分には理解できなかったんではないかと勝手に憶測しています。ちょうど多くのドン・ファンの傾倒者が、「教義」を知ってもなかなか「こころ」という所にまで理解を落とせないように。僭越を覚悟で申し上げれば、それはドン・ファンの教え方のある種の限界性でもあったのではないかと愚考する次第です。もちろんドン・ファンは、「愛」という言葉に耽溺しがちなカスタネダを考慮して、わざと「ナワールにとっての愛」というテーマを避けたのだ、とはっきり書かれていますから、正確には彼自身に限界があったとは、私も思っていません。でも、「死の挑戦者・教会の女」の次の言葉は、往々にして見落とされがちです。

「恐怖なんて、愛情と比べたらなんてことないわ。恐怖は人を必死に走らせるけど、愛は人を知的に行動させるのよ」

実は、これは貴兄への初対面の挨拶がわりに掲げたものです。

最後にmind とreal mind について私なりの理解を申し上げます。ドン・ファンは「トナール」の意義も理性も決して軽視していません。でも、そのままでは、呪術師の使うmind とはならない。呪術師になるためには、「トナール」を掃除しなければならない、整頓しなければならない、確か「向きを変える」という言い方もしていたと思います。呪術師の呪術師用に整理・整頓されたmind がreal mind という風に小生は理解しております。間違いが多々あるかもしれません、その説は遠慮なくご指摘ください。じゃ!

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トピック= 2721 宛先= 2721 同宛先= 2722 返信=
 
Subject ありがとうございました^^
Author ryuda [ 2736 to ryo ]  12/20/Fri/2003   

オレも早く脱出したいっス。

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トピック= 2721 宛先= 2734 同宛先= 返信=
 
Subject Re9: 心と心
Author ryo [ 2734 to ryuda ]  12/20/Fri/2003   

まったくです^^。

わたくしごとですが


かまきりのおすは 食われるのが 相場と 思われていますが


脱出に 成功する オスも

いる^^。


ということで^^。

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トピック= 2721 宛先= 2733 同宛先= 返信= 2736
 
Subject Re8: 心と心
Author ryuda [ 2733 to ryo ]  12/20/Fri/2003   

でもカスタネダの本の中で
非有機的存在は女で
宇宙も女で
搾取的だとあった気がしましたが
それだと食い者にしているのは
おくさん
じゃないですか?

返信(引用有)   返信(引用無)   全スレッド   ツリー表示   最新20   新規投稿   削除   編集
トピック= 2721 宛先= 2732 同宛先= 返信= 2734
 
Subject Re7: 心と心[編集:12/19]
Author ryo [ 2732 to ryuda ]  12/20/Fri/2003   

そうですね^^。

えんこう

なんて

あこがれますが

むりですね^^。


だんなさん

って

けっこう

この世の

富裕ですよ^^。

浮遊なら

まけませんが^^。

返信(引用有)   返信(引用無)   全スレッド   ツリー表示   最新20   新規投稿   削除   編集
トピック= 2721 宛先= 2731 同宛先= 返信= 2733
 
Subject Re6: 心と心[編集:12/19]
Author ryuda [ 2731 to ryo ]  12/20/Fri/2003   

>マインドはハートをくいものに します。
>
>でも
>
>ハートの食糧も
>
>マインド 
>
>なんですよ^^。

援助交際?

・・むつかしいです。

返信(引用有)   返信(引用無)   全スレッド   ツリー表示   最新20   新規投稿   削除   編集
トピック= 2721 宛先= 2729 同宛先= 返信= 2732
 
Subject Re5: 心と心[編集:12/16][編集:12/16]
Author ryo [ 2729 to ryuda ]  12/19/Thu/2003   

けたです^^。

小暴君の ところがたのしい 

というのは

かれらがマネーを

えさに つかうからです^^。

マネーの不思議さが たのしいんですよ^^。

ドンファンのいうところの

記念品の 一部なんです。



ついでに・・・・・


マインドはハートをくいものに します。

でも

ハートの食糧も

マインド 

なんですよ^^。

返信(引用有)   返信(引用無)   全スレッド   ツリー表示   最新20   新規投稿   削除   編集
トピック= 2721 宛先= 2728 同宛先= 2801 返信= 2731
 
Subject Re4: 心と心[編集:12/16][編集:12/16]
Author ryuda [ 2728 to ryo ]  12/18/Wed/2003   

やー、ごめんなさい。
オレの読んだ半分は「意識への回帰」以降の作品なので、最初の方は知らないんです。でも小暴君の話は「意識への回帰」にありましたね。どーして小暴君とのたたかいが楽しいのか、今の自分にはわかりませんが、身の回りのケシツブ小暴君たちに感謝しつつ生活しています。でも、小暴君とのやりとりが、こころのある道なら、それって、イエスの言葉、
「汝の敵のために祈りなさい。」
「汝の隣人を愛せよ。」
ってカンジなのかー!です。
なんだかちょっとフシギです。

ところで・・ryoさんってけたさん?ですか。

返信(引用有)   返信(引用無)   全スレッド   ツリー表示   最新20   新規投稿   削除   編集
トピック= 2721 宛先= 2724 同宛先= 返信= 2729 2801
 
Subject Re3: 心と心[編集:12/16][編集:12/16]
Author ryo [ 2724 to ryuda ]  12/17/Wed/2003   

どんな道であろうと
こころある道をあるけ

といったドンファンは

小暴君を やっつけた話を弟子に しましたね。
そのなかに 

最初の 小暴君を やっつけた後
小暴君を 見つけると
「嬉々として そいつのところに 行ったものさ。」
ということばが あったような気がしますが

気持ちわかります^^。

返信(引用有)   返信(引用無)   全スレッド   ツリー表示   最新20   新規投稿   削除   編集
トピック= 2721 宛先= 2723 同宛先= 返信= 2728
 
Subject Re2: 心と心[編集:12/19]
Author ryuda [ 2723 to ryo ]  12/17/Wed/2003   

>心心と理心じゃないかなあ^^。
>
>こころ と 心理 
>だと思う。

ありがとうございます。
こころ がハートで
心理 がマインドなのかな?
こころ と書くと純粋で美しいイメージかも。心理の方は、かたくて心のメカニズム的な印象かな。マインドも思考って意味があるし現代科学が脳に心の座を求めているように制御する支配するカンジ。マインドコントロールって、いわゆる洗脳ですよね。ハートは、やはり、あたたかくてハートマークを書けば愛か。愛。あんまり好きな言葉じゃないけど、それがあれば楽しく旅ができるかも。
でへへっ。
捕食者に支配されているのはマインドで、それがマインドコントロール的なものだったとしたら、それをはずす方法はあるんでしょうね。まぁ、どんな支配の仕方だとしても、それに対抗するやり方がドンファンの言葉の中にたくさんあるでしょうけど。

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Subject Re: 心と心
Author ryo [ 2722 to ryuda ]  12/16/Mon/2003   

心心と理心じゃないかなあ^^。

こころ と 心理 
だと思う。

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Subject 心と心
Author ryuda [ 2721 new post ]  12/16/Mon/2003   

はじめまして。
オレはマンガとゲームから始まってカスタネダに行き着きました。なので哲学系はサッパリです。まだシリーズの半分しか読んでませんが「時の輪」と、ちくま学芸文庫の島田裕巳の本を読みましたので、基本用語?くらいは知っています。
ところで、最近オレはハートとマインドの違いについて考えたりしています。heartとmindは日本語に訳すと、どちらも心ってことになりますが「心のある道」はheart「外部装置の心」はmindで表記してあるみたいです。でも「本物の心」もreal mindになっているのでマインドが二つ、ハートが一つで人間の心はできているんだろうか?と考えています。しかし英語圏の人たちはハートとマインドの使い分けを実際どのようにしているのか?カスタネダの書物の中での使い分けは意識して行われているのか?日本語の「心」はどっちの心なのか?と疑問が次から次へとわいてきます。みなさんは、どう思われますか?

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