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TOPIC 精神世界からどこへ
 
Subject Re3: 精神世界からどこへ
Author イストラン [ 2583 to mosquito ]  8/28/Wed/2003   

>カスタネダを読む人は、どんな目的を持って読んでいるのでしょうか。

 それはまた難しい話です。私自身はもう読んでいるとは言えないのですが、読んでいたときには、そもそも目的ということが問題にならなかったぐらい没頭するわけです。要するにイカレテしまうわけです。そんなときは、一度頭の中が融解し、再び形を成し始めるという感じでしょうか。だからこのとき目的というものが形成されると表現できるかもしれませんが。

 今はもうそういう読み方はできませんけど。今は間接的に、もっといろいろなものを媒介にしてつき合うということになりました。言ってみればカスタネダが中心ではなくなってきたということで、しかしそれはとりもなおさずカスタネダがこちらに強いたことであると解してます。

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トピック= 2568 宛先= 2577 同宛先= 返信=
 
Subject Re2: 精神世界からどこへ
Author mosquito [ 2577 to イストラン ]  8/28/Wed/2003   

 私たちの周りにあふれている、(特に夏の夜)不思議な話は、私も人並みに興味はありますが、娯楽以上のものではないと思います。そんな番組を作ったりする人たちも、もちろん一般受けする娯楽として作っているのでしょう。
 でも、その元となる情報を寄せた人たちというのがまた別にいて、その人たちはおおっぴらに顔を見せることがない。例えばアメリカなどではインターネットで、宇宙人に関する情報を集めている団体が複数あって、ちらりとのぞいたことがあります。そのときの印象では、彼らはみな、自分のした体験を人に話すことが出来ず苦しんでいるということでした。どうにかして、自分を精神病患者としてしまうのではなく、自分の体験を、自分で納得できる形で(出来れば一番日常に近い形で)理解したいと思っているようでした。これはもう、私たちみんなに共通する衝動ではないでしょうか。カスタネダの初めの方の著作には、自分の体験を、何とか幻覚とか、ドンファンのトリックとしてこじつけて説明しようとして、ドンファンにあきれられる場面が出てきますが、やっぱり実際体験してしまうと、もう必死になって、その場しのぎの説明を求めずにはいられないのが普通の人間だと思います。
 でも、それはそれだけでは所詮その場しのぎの個人的な話で、他人に訴える力はないと思います。それ以上の、関係のない人の心にも訴えかける力を持つ話、人の人生を変える力を持つ話が出来る人というのは、きっと個人的な目的を超えた目的から話をしているに違いないと私は思います。カスタネダはきっとそんな人だったと思います。カスタネダを読む人は、どんな目的を持って読んでいるのでしょうか。

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トピック= 2568 宛先= 2569 同宛先= 返信= 2583
 
Subject Re: 精神世界からどこへ
Author イストラン [ 2569 to イストラン ]  8/23/Fri/2003   

 UFOだとか超能力だとか、その手の話は今ではもっとおおっぴらになってしまって、さして精神界にとっての魔法の箱という印象ではなくなっている。それも話が現実的であればあるほど、あっけらかんとして、ちょうど二枚舌を持っているかのように、二枚耳をもって人はその手の話を聞いているようだ。テレビで超能力を使って犯人捜しをしたりしても、それらは単なる道具と見なされる。

 しかしここで経験的形而上学(W・ジェームズ)に惹かれていたものにとっては空虚な風が吹き始める。というのも、我々が求めていたのは、単なる道具としての神秘主義ではなく、文字通り生き方を完全に変えてしまうようなものだった筈で、そういうものをあの手の連中に期待しても無理だからである。所詮はこの世の生き方の延長でしか考えてないのだから、霊が出てくれば、霊を供養してどうのこうのとやりだすわけだ。

 出てくる霊も極めて人間的なもので、この世を恨んでいたり、まったく現実世界の延長でしかない考えしかできない情けないものである。せっかくこの世を超越したのだから、もっと超越した認識を披露してくれよと言いたくなる。

 これはUFO話にせよ、超能力話にせよ当てはまる。彼らは何か超越したと自称するのだから、もっと超越した話をしなくてはならない、もしもそれが本当ならば。しかるに、出てくる話は馬鹿話ばかりで、マスコミもまた馬鹿話しかしないようになっているのだ。

 そこにカスタネダが登場し、一見して呪術というプリミティブ、原始的な世界を描写しながら、ちょっと変わった風を送り込んだわけである。スピリット(霊)は、もはや単なる霊界因縁物語の霊ではない。スピリットキャッチャーは、こう言ってよければ哲学的精神捕獲器となったのである。

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トピック= 2568 宛先= 2568 同宛先= 返信= 2577
 
Subject 精神世界からどこへ
Author イストラン [ 2568 new post ]  8/22/Thu/2003   

 もぐりさんの文に触発されて、私もなんか書きたくなりました。

 たぶんぐろんぐろんのよたよたした愚論にしかならないだろうけれども、ぜひとも書かなくてはならない。

 最初はカスタネダとはさして関係ない話からしよう。
 UFOであれ、あるいは霊であれ、あるいは未知の生物であれ、そうした話について活気づくのはなぜだろうか。スピルバーグやキャメロンのSFチックな映画がこれほど人気を博したのはなぜだろうか。
 強引に想像してみれば、それはおそらくはまるで違った世界観によって心を落ち着かせたい、あるいは鼓舞したいということではないだろうか。

 とても昔のことだが、ある人のUFO話への反省の中に、そういう話が国家によって封印されているのは、それがもしおおっぴらになってしまったならば、秩序が崩壊するからだとあったのだが、これは穿った見方でさらに反省するならば、秩序を崩壊させたい人間がそのような話に取り憑かれる、ということではないだろうか。

 そこで残る興味は、このような話によって本当に秩序が崩壊し、まったく新しい世界観の息吹によって、魂なり心なりが再生することになるんだろうか、ということだ。

 が、しかしその手の話にしばらくつき合ってみて、そういう感慨は持てなくなったのだ。

 考えてもみよう。宇宙人が現実にいたとする。そしてその宇宙人はすばらしい科学知識と技術を持っていたとする。その先どうなる。どうもなりはしない。人類だとて、2000年前からすれば、凄まじい科学技術の進歩をしてきたのだが、人間の心は古代ギリシャ、中国時代と大して変わらず、だからこそ我々はこの時代の人たちの書いたものが了解できる。

 ところがそういうSFチックな話にいかれ、それも宗教団体のようになってしまっている脳味噌たちにとっては、たとえばラエリアンたちだが、彼らはそのような<高次>存在者が、物質的かつ精神的な解放をもたらしてくれると信じているのであるが、それは自己の欲望の投影だろう。はからずも、彼らは、自分たちがいるこの現実が醜く、生きにくいということを吐露している。

 これを馬鹿げたことだというのはたやすいが、なんでも徴候として見る習慣をつけるならば、徴候自体は馬鹿げたものであっても、徴候の元は馬鹿にできるようなものではない。

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