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TOPIC 泥の影
 
Subject Re: 泥の影
Author マツ [ 2703 to マツ ]  11/15/Fri/2003   

私はカスタネダの本を全て読んだわけではありませんが、彼が本当に伝えたかったのは、この事なのだとかってに思っています。
これが真実か否かは確かめ様がないのですが、少なくとも我々の心の中に捕食者は存在します。
そしてこれを撃退する方法はただ一つしかありません。それはこだわりの無い心を養うことです。すなわち仏教で「空」と呼ばれているものです。これが現時点の私の結論です。

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トピック= 2519 宛先= 2519 同宛先= 2534 2538 返信=
 
Subject タコの足は何本?
Author イストラン [ 2675 to 流れ星 ]  11/11/Mon/2003  218.230.18.52 

>なにかっていうと、「グルジェフとシュタイナー」。もっと自分の言葉で語れないの? けっこうな知的アクセサリー。あなたにとってのシャネルね。すてきなブランド志向だこと。
>
>タコさん、あんたもドン・ファンの言葉を対置してるだけ。でも引用が適切なのは認めるは。でも、女の子からは嫌われるタイプみたい。

 アホかね、君は。「タコさん」ってお前さんのことじゃんか。女の子から嫌われるばかりじゃなくて、みんなから嫌われるだろうよ、こんなことをしてたら。

 だいたい私はともかく、対話者やここをご覧になっている方々に失礼だとは思わないのか。

2622

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トピック= 人生においてもっとも過酷な日 宛先= 2674 同宛先= 返信=
 
Subject Re5: 泥の影
Author dop [ 2674 to イストラン ]  11/10/Mon/2003   


> そうかなぁ。指輪物語と一緒にされたんじゃたまったもんではないという感じがするのだけれど。もっとも原書を読んだことはないですが。しかしどうもコリン・ウィルソンというのは表層的ではないですか、グルジェフについても、シュタイナーについても、なにを書くにせよ。要するに厳密な読解ができないので、自分の観念で適当に補っている、かの『アウトサイダー』の<X機能>の平面で動いている。

なにかっていうと、「グルジェフとシュタイナー」。もっと自分の言葉で語れないの? けっこうな知的アクセサリー。あなたにとってのシャネルね。すてきなブランド志向だこと。

タコさん、あんたもドン・ファンの言葉を対置してるだけ。でも引用が適切なのは認めるは。でも、女の子からは嫌われるタイプみたい。

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トピック= 2519 宛先= 2662 同宛先= 返信= 2675
 
Subject Re4: 泥の影
Author イストラン [ 2662 to タコ ]  11/10/Sun/2003   

>同感です。僕はこの種の真偽論は不毛とみなしています。「贋作論者の語るにまかせよ、汝の道を行け」ですね。ちょっと驚いたのは、コリン・ウィルソンが「あれはトールキンの『指輪物語』みたいなもんだ」と言ってたことですね。あれにはまいりました。

 そうかなぁ。指輪物語と一緒にされたんじゃたまったもんではないという感じがするのだけれど。もっとも原書を読んだことはないですが。しかしどうもコリン・ウィルソンというのは表層的ではないですか、グルジェフについても、シュタイナーについても、なにを書くにせよ。要するに厳密な読解ができないので、自分の観念で適当に補っている、かの『アウトサイダー』の<X機能>の平面で動いている。

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トピック= 2519 宛先= 2639 同宛先= 返信= 2674
 
Subject Re4: 泥の影
Author タコ [ 2648 to タコ ]  11/8/Sat/2003   


「普通の人間の場合、自分の目録にないものに出会うと、その当人が目録を増強するか、さもなくば内省の世界が崩れるかのどちらかだということを、呪術師は知っている。自分の目録の根底をなす秩序に矛盾するものでさえなければ、ふつうの人間は新しい項目をその目録に喜んでつけたす。しかし、その項目が秩序に反するものなら、当人の精神は崩れてしまうだろう。ここでいう目録とは精神のことだ。呪術師が内省の鏡を打ち破ろうとするときは、そのことを計算に入れているんだ」

ドン・ファンやカスタネダの計画性は、贋作論者の言う創作性とは異なりますね。

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トピック= 2519 宛先= 2643 同宛先= 返信=
 
Subject Re3: 泥の影
Author タコ [ 2643 to タコ ]  11/7/Fri/2003   


 今思ったんですが、間違いなく「劇的効果をねらった、計算ずくの」ものだったんでしょうね。カスタネダは、ドン・ファンのこの種の「思わせぶり」な沈黙についていたるところで触れていました。

おそらくその秘めたる効果の大きいことを、役者であった師のナワール・フリアンから受け継いだのかもしれません。最後のドカーンの一発で、内省からの覚醒作用をいっきに高める。実に、効果満点です。

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トピック= 2519 宛先= 2638 同宛先= 返信= 2648
 
Subject Re9: 泥の影
Author タコ [ 2641 to mosquito ]  11/7/Thu/2003   


> カスタネダ以前の呪術師たちは、同じ体験を共有することによって、体験を言葉に表すという問題を避けることができたのだと思います。そのことのメリットはとても大きく、言葉の問題に関わっている時間と労力を大幅に減らしたばかりではなく、呪術師が言葉のイメージに飲み込まれてしまうことを避けられたと思います。

このご指摘は貴重だとおもいます。

> 私はむしろカスタネダをイメージで読みたいと思っています。それは、これまでの教育のせいかどうか、私自身言葉のシンタックスの中に巻き込まれ、言葉自身を現実と混同してしまっている傾向があることに、あるとき気づいたからです。人間はいろんなタイプの考え方をする人がいて、ある人々(特に哲学や心理学を学んでいるような人)は、言葉を主に使って、考えるが、例えば美術専攻の学生などは、視覚を使って、考える。そんな話を聞いたことがあります。それを証明する実験として、日常誰もが目にするもの、例えばお金とかを、絵に描かせると、哲学、心理学の学生は、まるで描けない。頭の中に、画像として、お金が入っていない。その時は、絵の才能の違いじゃないかとか、関心のずれじゃないかとか、いろいろ思ったけれど、日が経つにつれて、自分が世界を視覚を使っては、何も見ていないことを認めざるを得なくなりました。そして、だんだん、これは自分のとんでもない欠陥ではないかと考え始めたのです。イメージも何もない世界について、言葉で語ることに何の意味があるでしょう。自分がとても間抜けなことをしているように感じてきました。

言葉を使おうが目を使おうが、われわれが通常の意識で受け止める現実は解釈だと思います。ドン・ファンが「現実ってのは解釈だ」と言うとき、わたしはそのように理解しています。だが、呪術師は通常の意識とは違う意識で「見て」います。つまりわれわれの経験を超えたところで見ているわけです。「見ることは、知ることの特別な体験だ」とも述べています。しかも、そこでは「無限が基準」とされている。ドン・ファンとカスタネダの会話は、確かに共通の言葉でかわされていますが、十分な力を蓄えたドン・ファンからの言葉の「架け橋」で成立しているものであることを見落としてはならないと思います。「見る」ことのできないわれわれは、ドン・ファンのいわば翻訳された言葉を通してかろうじて、通常でないものの見方からの「現実の解釈」のヒント、別の考察の仕方もあるんだぞ、ということを教わっているに過ぎないのだと思います。盲目なわれわれに残されたわずかな直観力が、ドン・ファンの言葉になんらかの「真実性」を嗅ぎとり、惹きつけられているのではないでしょうか?
われわれは自身のシンタックスを超えたところのものを、ドン・ファンのおかげで辛うじて類推しているのです。
わたしが、カスタネダ」の著作著作についての真偽論に冷ややかなのは、ひとつはこのことに起因します。

> しかし、カスタネダが他の呪術師と決定的に違うのは、彼が、自分の体験を言葉で表そうとしたということだと思います。そして、私たちも、言葉で表現することを全く避けることはできないだろうと、私も考え始めています。体験が変われば、言葉を変えるしかないだろうと思います。ドンファンがどこかで言ったように、「世界は言葉ではない。どんなに言葉を尽くしても世界を言葉で表現することは不可能だ。でも、十分な力を蓄えたら、自分の言いたいことを何でも表現できるようになる。」そんな日が来るんでしょうか。

しかし、言葉の達人であるドン・ファンでさえ、カスタネダに説明を求められて、「これ以外にどう説明していいのやら、わしにもわからん」と匙を投げるような言い方をしていることに、その困難さが窺い知れますね。

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トピック= 2519 宛先= 2567 同宛先= 返信=
 
Subject Re3: 泥の影
Author タコ [ 2639 to mosquito ]  11/6/Thu/2003   

> 私はこれが盗作かどうか、ということや、カスタネダの言うことが本当にあったことなのか、彼の創作なのか、という問題に関わらない、と心に誓っているので、(どっちみちカスタネダの内容が変わるわけではなし、全部嘘っぱちだったとしても、まだ読む価値はあると思うので。)どちらでもかまいません。ただ、他のいろんな著作や、体験談や、といったものと、カスタネダの内容を比較したりすることは、とても面白くて意義のあることだと思います。

同感です。僕はこの種の真偽論は不毛とみなしています。「贋作論者の語るにまかせよ、汝の道を行け」ですね。ちょっと驚いたのは、コリン・ウィルソンが「あれはトールキンの『指輪物語』みたいなもんだ」と言ってたことですね。あれにはまいりました。

> カスタネダのすごいと思う点は、第一巻から一貫して、ドン・ファンは恐怖、不安を始め、いわゆる煩悩的な感情を、「無視しろ、そんなものには意味がない」と、取り合わない姿勢をとり続けてきたということです。とても精神的と思われるテーマを扱いながら、内省を促すようなことは一度もなかったはずです。この姿勢は、私にとってはとても馴染みのないものだったので、無視しろ、という以上、何の説明もないことに、少し物足りなさを感じてきました。しかし泥の影の説明は、ドン・ファンの全館を通して共通する「感情」に対する態度がちゃんと説明できていると思います。理論としてもとてもきれいだと思うし、それが、私たちの深い実感を見事に表しているところがすばらしいと思います。

わたしの場合、呪術師がなぜ管理された愚かさを用いるのかこれで合点がいったという感じです。それまでは、なぜ人を欺くような対処法をとるのか、いまひとつ飲み込めなかったのです。

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トピック= 2519 宛先= 2540 同宛先= 2542 返信= 2662
 
Subject Re2: 泥の影
Author タコ [ 2638 to mosquito ]  11/6/Thu/2003   


> 泥の影の話は, 心理学という学問全体を一瞬にして瓦礫の山に変えてしまったような気がしました。

「人間は決断する能力をもっておらず、それがゆえに社会秩序を、意思決定の責任を引き受けてくれる巨大な制度をつくったのだ」ということであれば、話はもっと深刻ですね。

> この話が、文献調べまでするほど弟子時代からカスタネダの心を捉えて離さなかったのもかかわらず、遺作、それも死後に発表されたものにやっと出てくるのには、訳がありそうですね。マジカルパスでも。「決定の中心」のところで同じテーマが出てくるのに、さらりと流してまるで説明を避けているかのようです。読者からの余程強烈な反発を予想していたんでしょうか。カスタネダシリーズの計画性を感じます。

ドン・ファンの計画性でもあったような気がします。あきらかにドン・ファン自身も先送りしていますよね。なにか密約でもあったんでしょうか?

しかし、「決定の中心」の箇所にかぎらず、全編手触りの感触というものがないですね。もちろん、話題によって異なりますが。

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トピック= 2519 宛先= 2534 同宛先= 2535 2547 返信= 2643
 
Subject Re10: 泥の影
Author kuromac [ 2619 to kuromac ]  10/25/Fri/2003   

この中島 敦というひとは、中国の古典に詳しい人で。荘子、列子ものも、研究していて、不条理なキャラクターをつくるのが得意です。
図書館の本に押しつぶされて死んだり、皇帝のいかりで去勢されたり、作家になりたい男が虎になって、虎の姿で詩をよんだり、、、。(食事の時はとらの意識に支配され、満腹すると詩人の心になる。)


関係ないけど、カシス・ライターかインスピレーションみたいなアウトラインプロセッサがないと、どうしても乱雑(掲示版あらしみたいに)なってしまってごめんなさい。この 中島 敦の紹介も”とぶものをテーマにした著作はない、あらゆる文化のあらゆる書物のなかにもかいていないよ”、というカスタネダの説明にたいして
反論したくなったのです。といって、直接飛ぶかげがでてはきません。カスタネダに似た?人たちというか。

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トピック= 2519 宛先= 2595 同宛先= 返信=
 
Subject Re7: 泥の影
Author kuromac [ 2596 to 黒Mac ]  9/9/Tue/2003   

> 「もし、このようなコミュニケーションが可能なら、人類、宇宙の過去の記憶を引き出すことができるはず。また、自分の周囲を飛び回っている(?)知性の電子から、未知の情報を引き出して、、、

つづきです。

 当時、多くの人々の関心は、化学、電気、磁力といった自然の中に隠された力が、互いにどのように影響を及ぼし合っているか、ということだった。

 マイケル・ファラデーの”宇宙のエネルギーは不変”、
エジソン”人間の魂というえねるぎーも宇宙えねるぎーの一部”、
ダーウィン”人間の運命、性格は遺伝によって影響を受ける”、
ブラバっキー”科学や物質と同じ役割を意識や霊が果たしている”。
グラハム・べるの仮説は
 
 思考することによって電気と同じ性質のぱわーが生まれる。その理由はいくつも指摘できる。脳細胞は電池のような役目も果たしていて、その電池が電流を神経の中にながすものと仮定して、だが、それはそこで終わりになるのだろうか。それは体の外へ電波のようなものとなって出ていって、私達の五感に感じ取られないまま、地球の周りを漂っているのではないか。それは丁度、はいんりっひ・へるつ(どいつ物理学者)らが発見するまで、電波が人間に感知されないまま流れていたのと同じことなのだ。

 と、いうものであった。(ベルは研究を中断したが、)エジソンはそれを捕捉する機械を発明しようと具体的実験を始めた

(日本経済新聞社 「怪人エジソン」 第三章 霊という名の電子集団)
 

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トピック= 2519 宛先= 2591 同宛先= 2592 返信=
 
Subject Re9: 泥の影
Author kuromac [ 2595 to kuromac ]  9/9/Mon/2003   

(続き)

 青年歴史家が帰ってからしばらくして、ふと、ナブ・アヘ・エリバは、薄くなった縮れっ毛の頭を抑えて考え込んだ。今日は、どうやら、わしは、あの青年に向って、文字の霊の威力を讃美しはせなんだか? いまいましいことだ、と彼は舌打をした。わしまでが文字の霊にたぶらかされておるわ。

 実際、もう大分前から、文字の霊がある恐しい病を老博士の上に齎していたのである。一つの字を幾日もじっと睨み暮した時以来のことである。その時、今まで一定の意味と音とを有っていたはずの字が、忽然と分解して、単なる直線どもの集りになってしまったことは前に言った通りだが、それ以来、それと同じような現象が、文字以外のあらゆるものについても起るようになった。

 彼が一軒の家をじっと見ている中に、その家は、彼の眼と頭の中で、木材と石と煉瓦と漆喰との意味もない集合に化けてしまう。これがどうして人間の住む所でなければならぬか、判らなくなる。眼に見えるものばかりではない。人間の日常の営み、すべての習慣が、同じ奇体な分析病のために、全然今までの意味を失ってしまった。

 もはや、人間生活のすべての根柢が疑わしいものに見える。武の国アッシリヤは、今や、見えざる文字の精霊のために、全く蝕まれてしまった。(以下略)

 カスタネダ・シリーズのレストランの話(ナプキン&テーブルクロス&チリソースの話)に似ています。誰しもあるんでしょうか、こんなことが?、、、、。

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トピック= 2519 宛先= 2593 同宛先= 返信= 2619
 
Subject Re8: 泥の影
Author kuromac [ 2593 to けた ]  9/7/Sat/2003   

 中島敦の文字禍(http://www.aozora.gr.jp/cards/000119/files/622.html)という小説があります。王様の師でもある博識な学者が、『文字の精霊』の祟りを調査するよう命じられて、調べていくうちに恐ろしいことになっていく、という話ですが、その中のくだり。

 賢明な老博士が賢明な沈黙を守っているのを見て、若い歴史家は、次のような形に問を変えた。歴史とは、昔、在った事柄をいうのであろうか? それとも、粘土板の文字をいうのであろうか?
 
獅子狩と、獅子狩の浮彫とを混同しているような所がこの問の中にある。博士はそれを感じたが、はっきり口で言えないので、次のように答えた。歴史とは、昔在った事柄で、かつ粘土板に誌されたものである。この二つは同じことではないか。
 書洩らしは? と歴史家が聞く。
 書洩らし? 冗談ではない、書かれなかった事は、無かった事じゃ。芽の出ぬ種子は、結局初めから無かったのじゃわい。歴史とはな、この粘土板のことじゃ。

 (以下略)

 結局、歴史的視点とか、あってないようなものかも、とおもうわけで、まだ新聞よりDVDがましかとか思いつつも、やはり反復をしても、(自分で無意識に)編集してしまうのか、感じてしまいます。

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トピック= 2519 宛先= 2592 同宛先= 返信= 2595
 
Subject Re7: 泥の影
Author けた [ 2592 to 黒Mac ]  9/5/Fri/2003  3%ありがとうございます^^。 

わずかに150年前には、誰も人の声と姿が録音、再生できるとは考えだにしなかった。」

おそらく ナワールにとっては 当たり前のことでしょうね^^。
時間や空間の存在しえない なにか。なんていわれて
さいしょから あきらめちゃいます^^。

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トピック= 2519 宛先= 2591 同宛先= 2596 返信= 2593
 
Subject Re6: 泥の影
Author 黒Mac [ 2591 to 黒Mac ]  9/3/Tue/2003   


> 人間が、あらゆる情報を蓄積し、出力することができるならば、人間の操作パネルは何処で、OSはどんなふうなのでしょう(MS-ドスみたいな)?。

 MS-ドスでなくて、Windowsでした。すみません。ぼくも意味不明で。最近読んだエジソンの本で、1900年代の初期のことが書いてあったのです。(こんなかんじで)

 「もし、このようなコミュニケーションが可能なら、人類、宇宙の過去の記憶を引き出すことができるはず。また、自分の周囲を飛び回っている(?)知性の電子から、未知の情報を引き出して、、、

(中略)

 人間の目や耳を究明し、映画電話、蓄音機という発明品で視覚化、聴覚化することに成功したエジソンならではの独創的発想である。わずかに150年前には、誰も人の声と姿が録音、再生できるとは考えだにしなかった。」

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トピック= 2519 宛先= 2589 同宛先= 2590 返信= 2592 2596
 
Subject Re6: 泥の影
Author けた [ 2590 to 黒Mac ]  9/3/Tue/2003  3%ありがとうございます^^。 

くちばし はさみます^^。

操作パネルは 自己で。
OSは 自己以外では?^^。

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Subject Re5: 泥の影
Author 黒Mac [ 2589 to イストラン ]  9/2/Tue/2003   


> そういうところを見ると、ますます哲学と比較したくなってしまうのです、因業な。

 自己想起とか、場面再生とか、VIDEOや映画の無い時代に、メディアを語るなら意味不明のことばであったように思われます。
 人間が、あらゆる情報を蓄積し、出力することができるならば、人間の操作パネルは何処で、OSはどんなふうなのでしょう(MS-ドスみたいな)?。

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Subject Re8: 泥の影
Author mosquito [ 2567 to イストラン ]  8/20/Wed/2003   

 あなたのおっしゃる受動能動論がやっと少し分かった気がします。私はそれほど難しいことを言ったつもりはなかったので、少しびっくりしてしまいました。
 でも、このことは現象としてはとてもありふれたもので、理解するもしないも、ただ「見たまんま、そのまんま」のはずです。また、実際に起こっている現象そのものが、矛盾していたり、二重性を持っていたりということもありえない。ただ、それを言葉で表現するとき、初めて矛盾した感覚が生まれるだけであって、いわば私たちの錯覚のようなものなのではないでしょうか。カスタネダの言うように、現象は現象であって、言葉ではない。言葉の持つ、シンタックスが、実際の現象に合っていないだけなのではないでしょうか。私のイメージでは、丸い地球を地図に写すようなもの、だと思うのですが。
 カスタネダ以前の呪術師たちは、同じ体験を共有することによって、体験を言葉に表すという問題を避けることができたのだと思います。そのことのメリットはとても大きく、言葉の問題に関わっている時間と労力を大幅に減らしたばかりではなく、呪術師が言葉のイメージに飲み込まれてしまうことを避けられたと思います。
 私はむしろカスタネダをイメージで読みたいと思っています。それは、これまでの教育のせいかどうか、私自身言葉のシンタックスの中に巻き込まれ、言葉自身を現実と混同してしまっている傾向があることに、あるとき気づいたからです。人間はいろんなタイプの考え方をする人がいて、ある人々(特に哲学や心理学を学んでいるような人)は、言葉を主に使って、考えるが、例えば美術専攻の学生などは、視覚を使って、考える。そんな話を聞いたことがあります。それを証明する実験として、日常誰もが目にするもの、例えばお金とかを、絵に描かせると、哲学、心理学の学生は、まるで描けない。頭の中に、画像として、お金が入っていない。その時は、絵の才能の違いじゃないかとか、関心のずれじゃないかとか、いろいろ思ったけれど、日が経つにつれて、自分が世界を視覚を使っては、何も見ていないことを認めざるを得なくなりました。そして、だんだん、これは自分のとんでもない欠陥ではないかと考え始めたのです。イメージも何もない世界について、言葉で語ることに何の意味があるでしょう。自分がとても間抜けなことをしているように感じてきました。
 しかし、カスタネダが他の呪術師と決定的に違うのは、彼が、自分の体験を言葉で表そうとしたということだと思います。そして、私たちも、言葉で表現することを全く避けることはできないだろうと、私も考え始めています。体験が変われば、言葉を変えるしかないだろうと思います。ドンファンがどこかで言ったように、「世界は言葉ではない。どんなに言葉を尽くしても世界を言葉で表現することは不可能だ。でも、十分な力を蓄えたら、自分の言いたいことを何でも表現できるようになる。」そんな日が来るんでしょうか。
 ついでに、私のイメージでは、能動態が主だと思います。子供や外人なんかは、受動態は難しくて、全部能動態であらわして、後で、不満の感情を付け加えます。そうすると、ああ、〜されちゃったんだな、と分かるという具合にです。あなたのおっしゃることとはあまり関係ないかもしれませんが。

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Subject Re7: 泥の影
Author イストラン [ 2559 to mosquito ]  8/11/Sun/2003   

> このことをイーグルと人間の関係に置き換えてみると、イーグルの命令が、自分自身の命令と同じことだと分かったとき、初めて世界全体が見え、ドンファンのような迷いのない、完全な決断が下せる、力強い人生が送れるのではないかと思います。これもどこかの宗教っぽい考え方でしょうか。心ある道を行くというのも、イーグルの命令に従うというのも、それから泥の影の心を追い出して、自分自身の心に従うというのも、同じようなことを言っているような気がします。どうでしょうか。


 貴殿のご質問は答えるのが相当に難しい。と申しますか、私はそれにまつわるイメージに20数年取り憑かれてまして。何をどう切り出していけばいいのかわからなくなってしまってます。それは受動能動論として表現したいわけですが。

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Subject Re4: 泥の影
Author イストラン [ 2558 to くろまっく ]  8/11/Sun/2003   

> ドンファンは「たとえなんらかの行動上の変化が達成されるとしても。それは反復を通してなさなければならない。」と言った。というのは、それが、社会化の暗黙の要求から人間を解放することによって意識を高めることができる唯一の手段であるからだ。(10巻140頁)

 そういうところを見ると、ますます哲学と比較したくなってしまうのです、因業な。

 反復は、その概念規定はまったくキルケゴールと一致するところがあります。前進的過去という。ラゴルダはこれを turn face to oncoming time としました。たんなる想起という意味ならば、ここで未来的なものが過去に接続されることはないでしょう。

 こうしたことはもっと一般的な文脈においては何もキルケゴールを持ち出す必要はないかもしれません。たとえば、過去を変えるというのも神秘主義全般からしたら独特のイメージではないでしょうし。しかし、反復はそれとして独立しているというよりも、死の教練と一緒になって出てくるわけで、このように戦士の時間を記述するのに、死や反復をもってくるということがある種の実存主義にとても近しくしてます。

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トピック= 2519 宛先= 2554 同宛先= 2555 返信= 2589
 
Subject Re6: 泥の影
Author mosquito [ 2556 to イストラン ]  8/5/Tue/2003   

>> > このエネルギーの膜は意識と呼ばれていましたっけか。どうも記憶が定かでないのですが、確か足首あたりまで囓られてしまっているとか。それで、仮にそうだとすると、テンセグリティで足まで下がってしまったエネルギーを取り戻すというのは、囓り取られた部分を補完するということになるのかな。いや、確か泥の影が気に入らないようなものにするということでしたかね。
>
テンセグリテイーの効果は私はいまいちよく分からないです。とにかく食べられないようにしていれば、自然にまた生えてくると書いてありましたが。私は食べられてばかりなので、本当にそうなのか、よく分からないですが。
>
>> 或る場面でドンファンは、どうしてこの世界に入ってしまったの、というカルロスの質問に、「おまえと同じでそれ以外に道がなかったからさ」という風に言いますね。この感覚というのは、たとえ前兆のみに従う厳格なディシプリン
>に従っているとしても、何かそういう表現では抜け落ちるものがないだろうか。カルロスにしても、ドンファンの生き方が好きだ、と言ってますよね、最初の頃に。この「好きだ」感覚というのをもうちょっとつついてみたい。
>
>感情は、ドンファンが人間の形をなくしてしまった後でもやっぱりあって、でもそれは管理された愚かさとしての感情であり、普通の人間のように、それに振り回されたりするようなものではないと書いてあった気がします。私がここで考えていたのは、行動を起こす理由となるもの、であって、それが、呪術師は、自分自身から来るものではなく、世界をじっくり観察し、今世界がこうなっているから、自分はこれをやるんだ、みたいな考え方をしているのではないかと思ったのです。

伝統的な言説が言っているものと大して変わるものではない。愛とか罪とか。

私も、感覚的には宗教とかが言っていることと、似ている気がします。私は宗教は詳しくないけど、もともと宗教も呪術ももしかしたら同じような興味から始まったのかもしれないと思います。でも、その知識の伝え方が決定的に違っていて、宗教が、一般の人々に、主に言葉で、いわゆる知識や規範という形で、一方的に教え込んだのに対し、呪術師は、少人数制で、観察眼を育て、判断力を育て、その時々の世界を自分で見られるように教育した。だから、宗教のほうは、何千年前の人間の心に響いたものでも、今の人間には、単なる行動を縛る規範としてしか意味を持たなくなっているものがたくさんあるような気がします。そういえば感情だけでなく、規範に従うのも泥の影に食べられる原因でしたっけ。>
>
 もう一つ障碍として意識しているのですが、この巻の前の辺りまでは、おもにイーグルが主題となってました。泥の影の話は、第一巻の心のある道にも接続できると思いますが、あのイーグルの話とどうつながるのでしょうね。どうもつながりが見えないなぁ。

この間、般若心経の一般向け解説本を読んでいて、ヒントを得たのですが、イーグルと人間の関係は、私個人と私の体の部分、たとえば一本の指、みたいな関係にちょっと似ているんではないかと思います。勝手な想像なので、カスタネダがなんと言うか分かりませんが。私本体と、私の指は、同じものではない。でももともと成り立ちは同じところから来ている。私が主に指に命令して、指を操っているけど、指自体もちゃんと細胞や遺伝子を持っていて、時には思いどおりに動かないときもある。でも私が、例えばお腹がすいたなら、指も栄養が必要で、その時は指にとって一番いいのは、私の命令どおりに、食べ物をつまんで、口まで運ぶという仕事をすることだ。そんなときに、指が勝手に、「人の命令なんか聞くものか、私は自分の意思のみに従う」などと言っていたら、結局指にとってもいいことは何もない。結局指が私の意志と無関係に動くといっても、痙攣したり、変な癖を繰り返したり、あるいは癌化して役に立たないような形になってしまうとか、とにかくきっと見苦しいものでしかないだろう。指が指として、一番いいパフォーマンスをするのは、やっぱり私の命令に忠実に従っているときだ、と私は思います。このとき、よく考えてみれば、指の本当の意思とは、結局私の意志と同じになるのではないでしょうか。
 このことをイーグルと人間の関係に置き換えてみると、イーグルの命令が、自分自身の命令と同じことだと分かったとき、初めて世界全体が見え、ドンファンのような迷いのない、完全な決断が下せる、力強い人生が送れるのではないかと思います。これもどこかの宗教っぽい考え方でしょうか。心ある道を行くというのも、イーグルの命令に従うというのも、それから泥の影の心を追い出して、自分自身の心に従うというのも、同じようなことを言っているような気がします。どうでしょうか。

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Subject Re4: 泥の影
Author くろまっく [ 2555 to くろまっく ]  8/4/Sun/2003   

(つづき)
 
 社会の要求はあまりにも習慣的であまりにも当然のものと見なされているために、ふつうの状況下では検討はおろか気づかれることさえ ない。(10巻141頁)

(注)(キーワードとしての)「進化」については、ダーウィンの進化論とか、子宮とか不屈の意志の話とか、しんでからの話とか、わりとあるようです。(でも、全て10巻。)意識の熟練は7巻。意識を熟練させて、いーぐるに還す??というおはなしです。???
    

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Subject Re3: 泥の影
Author くろまっく [ 2554 to kuromac ]  8/4/Sun/2003   

 とこるが、でなくて ところが、でした。
 なんというか、エート、進化云々のくだりはサラリとながしてください。(進化の意味が、、、。)
「その破壊的力は云々、、」についてなら、10巻140頁には反復と絡めて書いてあります。

(反復の効用のくだりより)
もっと現実的なレベルでは、反復により実践者は人生における繰り返しを検討する能力を得る。「反復によって実践者は、人間は誰もがある力のなすがままになっているのだということを、一片の疑いもなく納得するようになる。」「その力は一見どこからどこまでも道理にかなっているようにみえるが、本当はまったくなんの意味もなさないものなのだ。」

---------(75歳の人の恋)中略----------------------- 

 ドンファンは「たとえなんらかの行動上の変化が達成されるとしても。それは反復を通してなさなければならない。」と言った。というのは、それが、社会化の暗黙の要求から人間を解放することによって意識を高めることができる唯一の手段であるからだ。(10巻140頁)

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Subject Re6: 泥の影
Author けた [ 2553 to イストラン ]  8/2/Fri/2003  3%ありがとうございます^^。 

自然を定義することと
言説を定義することに

疑問をもったんですよ^^。

すなわち 疑問に 疑問を もっちゃうという
たわいのない はなしです^^。

ごめんなさい^^。

かみあわなくて^^。

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Subject Re5: 泥の影
Author イストラン [ 2552 to けた ]  8/1/Thu/2003   

そのご質問が私宛であれば、自然ということはちょっと文脈を辿ってみなければなかなか意味がはっきりしません。

 意識しているのはドンファン言説が持つ実存論的な雰囲気です。これと他のものを比べてみましょう。まずドンファンは、あの世のことなど言いませんでした。ただ幻覚性植物の助けを借りて、カルロスが見たいろいろな光景についてコメントしただけです。

 また確かにヴィセンテなどが10の世界などを持ち出しますが、それとて初期ドンファン言説にあっては何かつけたしのようなものです。こういう設定で、戦士の精神言説は、カブトムシと人間をまったく平等のものと見たり、それをするには力がいる、という形で、戦士の気分や力の狩猟について語る。

 こうしたことを一つのスローガンとして言えば、形而上学(あの世の話)はなしよ、ということでしょう。それはブッダの精神にもつながるものを持っている。

 で、シュタイナーとは違う、これは。どちらかと言えばクリシュナムルティに近い。グルジェフのように自然というものの目的論的姿勢を全面に打ち出すということもない。

 彼は「管理された愚かさ」として、意味志向を拒絶する話までし、「何かをどうかしようとする」姿勢を、クラゲに骨を作ってやることだとまで言う。

 見ようによれば「刹那主義」なんだが、その刹那は死の意識にあり、そしてこの死と力が合体し、精神の立て直しとしてカルロスの心をゆさぶる。

 こういうことはシュタイナー風進化論、精神の進化論とは違ったイメージではないですか。

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Subject Re4: 泥の影
Author けた [ 2551 to イストラン ]  8/1/Thu/2003  3%ありがとうございます^^。 

意識が進化の自然ということでしょうか?

進化の自然が意識ということでしょうか?

それとも ぜんぜん ちがうことでしようか?^^。

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Subject Re3: 泥の影
Author イストラン [ 2550 to kuromac ]  7/31/Wed/2003   

> 「意識は、人間がもっている進化のための唯一の手段なのだ」
> 「とこるが、われわれとは異質の何か、宇宙の破壊的状況と関係ある何かが、われわれの意識を乗っ取ることによってて、進化の可能性を阻んできた。人間は破壊的力の餌食になってきたんだ。」
> 「その破壊的力は、自分の都合のいいように、右の体のエネルギーの特徴である消極性を人間に押し付けてきたんだよ。」
> 以上、10巻182頁より

 このレス見逃してました。なるほど、そういう記述がありましたか。これはドンファン言説にあって、進化言説があるというひとつの例証ですね。そういうものは影が薄いというのが印象だったのですが。

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トピック= 2519 宛先= 2547 同宛先= 2549 2554 返信= 2551
 
Subject Re3: 泥の影
Author けた [ 2549 to kuromac ]  7/31/Wed/2003  3%ありがとうございます^^。 


> 「その破壊的力は、自分の都合のいいように、右の体のエネルギーの特徴である消極性を人間に押し付けてきたんだよ。」

恐怖が支配すれば非恐怖が うまれるみたいに
力が支配すれば 非力が 台頭するみたいなことかなあ?
 
それとも ぜんぜん ちがうことなのかなあ?

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トピック= 2519 宛先= 2547 同宛先= 2550 2554 返信=
 
Subject Re2: 泥の影
Author kuromac [ 2547 to mosquito ]  7/30/Wed/2003   

マジカルパスの熱シリーズでも出てきます。
 (右と左のエネルギーはなぜ不均衡かの質問のあと)、「しかし、それはまた別の問題だ。」と、ドンファンは疑問をそれ以上解消しなかったが、弟子としての師事している期間を通して矛盾の説明をする。
 「意識は、人間がもっている進化のための唯一の手段なのだ」
 「とこるが、われわれとは異質の何か、宇宙の破壊的状況と関係ある何かが、われわれの意識を乗っ取ることによってて、進化の可能性を阻んできた。人間は破壊的力の餌食になってきたんだ。」
 「その破壊的力は、自分の都合のいいように、右の体のエネルギーの特徴である消極性を人間に押し付けてきたんだよ。」
 以上、10巻182頁より

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トピック= 2519 宛先= 2534 同宛先= 2535 2638 返信= 2549 2550 2554
 
Subject Re5: 泥の影
Author イストラン [ 2546 to mosquito ]  7/30/Tue/2003   

> まず、泥の影は人間の感情を食い物にするのではなく、自分の感情を、人間を操る道具として人間に与え、人間がそれらの感情に踊らされてあれこれ活動するたびに、泥の影の好物である、人間独特のエネルギーの膜が作られ、それを彼らが食べている、と私は解釈したのですが。

 このエネルギーの膜は意識と呼ばれていましたっけか。どうも記憶が定かでないのですが、確か足首あたりまで囓られてしまっているとか。それで、仮にそうだとすると、テンセグリティで足まで下がってしまったエネルギーを取り戻すというのは、囓り取られた部分を補完するということになるのかな。いや、確か泥の影が気に入らないようなものにするということでしたかね。


> でもドンファンは、カスタネダなど好きでもないし、後継者としてふさわしいなどと‘考えた‘わけでもないのに、前兆のみに従って、彼に呪術を教え、そのことを後悔したりすることはなかった。

 おっしゃることは妥当すると思いますが、私はここのところでもう少し突っ込んでみたいです。或る場面でドンファンは、どうしてこの世界に入ってしまったの、というカルロスの質問に、「おまえと同じでそれ以外に道がなかったからさ」という風に言いますね。この感覚というのは、たとえ前兆のみに従う厳格なディシプリン
に従っているとしても、何かそういう表現では抜け落ちるものがないだろうか。カルロスにしても、ドンファンの生き方が好きだ、と言ってますよね、最初の頃に。この「好きだ」感覚というのをもうちょっとつついてみたい。


>でも、内的沈黙によって、泥の影の心を追い出した後に、なおも残るもの、であるはずです。具体的な描写がどこかに書いてあったでしょうか。きっとこの心はあまりに未発達で、描写のしようもないのかもしれませんね。でも思うに、戦士の恐れ、というのはむしろ畏れといったほうがいいようなもので、人間本来の心なのではないでしょうか。深淵へのジャンプの前にヘナロが表現した、地球への愛情も同様なものかと思いますが。

 なるほどなるほど。そうしたものは確かにありますね。でそれは伝統的な言説が言っているものと大して変わるものではない。愛とか罪とか。

 もう一つ障碍として意識しているのですが、この巻の前の辺りまでは、おもにイーグルが主題となってました。泥の影の話は、第一巻の心のある道にも接続できると思いますが、あのイーグルの話とどうつながるのでしょうね。どうもつながりが見えないなぁ。

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トピック= 2519 宛先= 2545 同宛先= 返信= 2556
 
Subject Re4: 泥の影
Author mosquito [ 2545 to イストラン ]  7/29/Mon/2003   

ハーナーという人の著作も面白そうですね。今後読みたい本のリストに加えておきます。

> 「感情についても、ちぐはぐなところがあります。人間の感情を食い物にする、というならば、あの「戦士の気分」という独特の感情はどうなるのか」とのこと、
 まず、泥の影は人間の感情を食い物にするのではなく、自分の感情を、人間を操る道具として人間に与え、人間がそれらの感情に踊らされてあれこれ活動するたびに、泥の影の好物である、人間独特のエネルギーの膜が作られ、それを彼らが食べている、と私は解釈したのですが。
 私たちがどうやって感情に踊らされているか、考えてみました。私たちの行動の理由のほとんどが感情だと思います。「怖いからやめておく」「嫌いだからつきあわない」「心配だからついていく」「好きだから結婚する」といった具合に。感情的なものが入らないようでも、行動の理由付けには必ずその人の個人的な理由が必要で、それがないと社会的に認められない。これに対して、ドンファンの行動の理由は、主に前兆だと思います。誰かと結婚するのに、「2度も偶然に会ったから」とか、「ハエがその人の頭の上を完全な輪を描いて富んだから」とか、「お茶碗を足元に落としたのに全然こぼれもしなかったから」なんて理由で結婚する人はいないだろうし、そんなことを言ったら、100歩譲っても「まあ、‘本人がよければ‘いいんじゃない」と言われるぐらいでしょう。でもドンファンは、カスタネダなど好きでもないし、後継者としてふさわしいなどと‘考えた‘わけでもないのに、前兆のみに従って、彼に呪術を教え、そのことを後悔したりすることはなかった。

 戦士の気分で気づいたのは、人間の心には2通りあり、ひとつは泥の影からもらった、人間にとって何の価値もない、無視すべきもの、そして今ひとつは、人間本来の心で、人間にとって本当に大切で、本来意識しなくてはならないはずのもの、です。泥の影の心は私たちがいつも意識しているものですが、本来の心がどんなものなのか、私にはよく分かりません。でも、内的沈黙によって、泥の影の心を追い出した後に、なおも残るもの、であるはずです。具体的な描写がどこかに書いてあったでしょうか。きっとこの心はあまりに未発達で、描写のしようもないのかもしれませんね。でも思うに、戦士の恐れ、というのはむしろ畏れといったほうがいいようなもので、人間本来の心なのではないでしょうか。深淵へのジャンプの前にヘナロが表現した、地球への愛情も同様なものかと思いますが。
 

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トピック= 2519 宛先= 2542 同宛先= 2543 返信= 2546
 
Subject Re4: 泥の影
Author けた [ 2543 to イストラン ]  7/27/Sat/2003  3%ありがとうございます^^。 

ということは ドンファンは 超戦士ということになりますね^^。
カスタネダをとうしての ドンファンと

ドンファンをとうしての ドンファンの・・・


うまく 表現できません^^。

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トピック= 2519 宛先= 2542 同宛先= 2545 返信=
 
Subject Re3: 泥の影
Author イストラン [ 2542 to mosquito ]  7/24/Wed/2003   

 なるほどなるほど、ご指摘の通り、違いがありますね。お話を二つに分けましょう。

 まず一つは、カスタネダがウソを言っていると感じるのは、ハーナーとは膝つき合わせて話すほどの仲だったのにも拘わらず、どうして、古今東西の文献にこういうものに触れたものがないなどということを言うのか。言えるはずがないじゃないか、ということです。「誰か俺のウソを止めてくれ」(第八巻)というのが見事に的中することでしょう。

 さて、違いの方なんですが、これはもともとのハーナーにある落ちを指摘しなくてはならない。

 彼はアワヤスカを飲んでああいう意識体験を持ったのですが、自分の体験したことを人に話したくてあるインディアンにこの話をします。ただし「宇宙から来た」というところは省いて。するとそのインディアンは「やつらはいつだってそういうのさ。だが本当のところは遠く離れた暗闇の支配者にすぎないんだ」と答えます。これを聞いてハーナーは「寒気を覚えた」のですが、それは「宇宙から来た」ということをまだこのインディアンに言っていなかったからで、つまりは、この一致(と思った)点からリアリティを感じてしまったということです。

 彼ら二人をまとめてしまえば、話の細部まで一致するわけではないのに、ハーナーは或るリアリティを感じた。それは我々が自分であると思っている自分が実は自分ではない他のものの支配下にあるということではないでしょうか。

 ここでこれを読んだカスタネダが微妙に違うこの二人の一致点である「宇宙から来た怪物」という話を核にして、それにいろいろ継ぎ足して行った、こういう仮定も成立するでしょう。

 そうすると、この話はどういう構成になるのか、ということを落ち着いた観点から見られるようになるのではないか。

 たとえばカルロスはドンファンの話が矛盾していると形容しますが、その矛盾が突き詰められるということはない。

 この話に至るまで、我々は呪術の修行の極地的イメージとして、「反省意識を突き破る」ということだと教え込まれています。が、この話に登場する人間は、宇宙意識の「探索針/プローブ」として、宇宙が自己意識をテストする使命を全うするという形でプレデターに敵対するということになる。結局反省意識については決着がついていない。これはおかしいではないか。そういうつっこみがない。

 また感情についても、ちぐはぐなところがあります。人間の感情を食い物にする、というならば、あの「戦士の気分」という独特の感情はどうなるのか。

 そういうわけで、一巻一巻で突き詰められた構造が動揺する。なかでも最大の動揺は、第四巻の二元論に対するその後の三元論ないし多元論ですが、そのようなことも含めて、一度第一巻から第十二巻まですべての巻をまとめる必要に駆られます。

 もし可能ならば、そういうこともやってみたいですね。


> カスタネダのすごいと思う点は、第一巻から一貫して、ドン・ファンは恐怖、不安を始め、いわゆる煩悩的な感情を、「無視しろ、そんなものには意味がない」と、取り合わない姿勢をとり続けてきたということです。

 ただし戦士の道にあたっては、適切な恐れが必要だとあります。

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トピック= 2519 宛先= 2540 同宛先= 2639 返信= 2543 2545
 
Subject Re2: 泥の影
Author mosquito [ 2540 to イストラン ]  7/24/Wed/2003   

私はこれを読むのは初めてですが、確かに雰囲気は似てますね。私はこれが盗作かどうか、ということや、カスタネダの言うことが本当にあったことなのか、彼の創作なのか、という問題に関わらない、と心に誓っているので、(どっちみちカスタネダの内容が変わるわけではなし、全部嘘っぱちだったとしても、まだ読む価値はあると思うので。)どちらでもかまいません。ただ、他のいろんな著作や、体験談や、といったものと、カスタネダの内容を比較したりすることは、とても面白くて意義のあることだと思います。
 これも壮大な話で面白いと思うけど、少し気になったのは、
1.泥の影は、人間と同等の、ある一生物(非有機的存在)が、自分の栄養にするためだけに、捕食者として、おそらく人間だけを支配しているのですが、人類および地球の支配者で、生物を作ったとあるのは、少し違うのでは?
2.泥の影は人間を創ったのではなく、外から来て自分の心を送り込んで人間の本来の心をほとんど全く頼りにならない、弱い存在にしてしまった、とのこと、この話と少し違う気がします。
 どうでしょうか。
 カスタネダのすごいと思う点は、第一巻から一貫して、ドン・ファンは恐怖、不安を始め、いわゆる煩悩的な感情を、「無視しろ、そんなものには意味がない」と、取り合わない姿勢をとり続けてきたということです。とても精神的と思われるテーマを扱いながら、内省を促すようなことは一度もなかったはずです。この姿勢は、私にとってはとても馴染みのないものだったので、無視しろ、という以上、何の説明もないことに、少し物足りなさを感じてきました。しかし泥の影の説明は、ドン・ファンの全館を通して共通する「感情」に対する態度がちゃんと説明できていると思います。理論としてもとてもきれいだと思うし、それが、私たちの深い実感を見事に表しているところがすばらしいと思います。動物園の動物、自分のペット、そして家畜。人間なんかのちっちゃいものの勝手な都合で束縛され、何のために生きて死んでいくのか、と物悲しくなり、振り返ってみると彼らよりずっと自由なはずの自分が、ちっとも自由な気がしない、そんなやるせない経験、ありませんか。 

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トピック= 2519 宛先= 2538 同宛先= 返信= 2542 2639
 
Subject Re: 泥の影
Author イストラン [ 2538 to マツ ]  7/18/Fri/2003   

 文献を調べても何も出てこなかったというのはいかがわしいです。マイケル・ハーナーの『シャーマンへの道』にこの話によく似た話があります。カスタネダはそれをかっぱらったのだ、というのがサスティンドアクションの主張。こういうことを哲学の方面でも指摘できるのではないか、というのがこのサイトの趣旨です。

以下『シャーマンへの道』訳P.26から

 いまや自分が死につつあることは確かだった。自分の運命を受けいれようとすると、脳のさらに下の部分、第四の層がより多くのヴィジョンと情報を流し始めた。新たな情報が提示されるのは、私か死につつある以上、こうした啓示を受けても「安全」であるからだと「告げ」られた。これらは死につつある者と死者のみが知ることのできる秘密とのことだった。私はこうした考え方を教えてくれたものたちを、まったくぼんやりとではあったが認識できた。それらは巨大な爬虫類のような生き物で、脳の最深部、脊柱との接合部にゆったりと横たわっていた。陰鬱な闇の中にいるのがかすかに見えたのである。
 それから、その生き物は眼前に一つの光景を映し出した。まず何十億年以上も前、いかなる生命も誕生していなかった頃の地球。海と荒野、まぶしいほどの青空が見えた。それから何百という黒いしみのようなものが空から目の前の荒野に落ちてきた。その「しみ」のようなものが実は翼竜のような小さい羽をつけ、巨大な鯨のごとき体をもつ、大きく、つやつやした黒い生き物であることがわかった。頭は見えなかった。彼らは旅の疲れからぐったりとして、何十億年もの休息に人っていた。彼らはある種のテレパシーにより、宇宙のあるものから逃げてきたのだと説明した。敵から逃れるために地球にやってきたのだ。
 それからその生き物たちは、多種多様な形態をとって敵の目をあざむくため、いかにしてさまざまな生命をつくり出したかを見せてくれた。壮麗な動植物の創造と種形成――何億年もかかる行為であるが――のさまが、形容しがたい規模と鮮明さをもって繰り広げられた。私は、その竜めいた生き物がこのような経緯で、人間を含むすべての生命形態のうちに潜むことを知った。自分たちこそが人類および地球の支配者だ、と彼らは言うのだ。われわれ人間はこうした生き物の容器であり、しもべにすぎなかった。だからこそ、彼らは私自身の内側から語りかけることができたのである。