ELEUTHERIA .
 SUBJECT   [ 2333 ] [ to イストラン ]   Re: カルト問題からカスタネダ問題へ
 AUTHOR   クーニ  11/26/Mon/2002      

> 教祖自体が<だまされている>という風に表現したのは、この循環性を指示している。彼らは意識してだましているわけではなく、語る者として、どうしても循環性の中に入っていかざるをえない。というのは彼がしているのは人々のために生きる意味ないし意図ないし目的意識を造りだすことであって、その目的意識が循環構造を持っているからである。

教祖自身、自分をだましているわけだが、自分をだましているもう一人の自分について忘却するテクニックを彼は持っているわけである。平然とウソがつけるのは、ウソをついた自分を、やはりもう一人の自分として忘却することができるからである。そういうスイッチがある。

自分の中にもう一人の自分を作ることは、呪術的行為の基本である。初歩的なマルチタスクである。

呪術というのは、パソコンのマルチタスクに似ていて、麻薬の場合、麻薬をやって変性意識になったもう一人の自分を作ることから始まる。麻薬による変性意識そのものが重要であるよりは、そのような変性意識を対象化して操作的にすることが重要である。

しかし、犯罪者の場合、単純にウソをつくために人格のマルチタスクを利用するので、マルチタスク状態を統御する技法が発達しない。技術のレベルが低い。ウソをついた自分を忘却してしまう。だから、本当に上手にウソをつく。その時、かなりの程度までウソをついていることを忘れ、その結果、大きな失敗を招くようなことがあるならば、彼の技法のレベルは低く、パソコンの比喩を続ければ、擬似マルチタスクとしてのシングルタスクの域を出ない。ラリった。効いた。飛んだ。うまくウソをつく。


自分をだましておかないと、生きるのが難しい、退屈で死にたくなる、というのは、何らかの理由で、彼の感性があまりに鈍感だからだろう。人生が厳しすぎて、感性が磨耗してしまったという場合も多いだろう。

自分が生きるために、自分をだます。そのこと自体は、誰にも迷惑はかけない。夢見る乙女、といった感じである。しかし、マッチ売りの少女が、白昼夢に没入し、とうとう目の前の現実が邪魔になってマッチで火をつけたということになれば、警察がだまってはいまい。

錯覚したり、妄想していないとうまく生きられないという場合は多い。また、世の中一般そのものが、本質的に、そうしたものであるという冷め方もある。だから、本当の「覚醒」を追求しようという発想になる。それ自体が妄想ではないのかというのがイストランの指摘だろう。

カルトの、世界=物語構造への没入。これが、教祖、信者ともに巻き込まれるということ。教祖自身が自分をだましている、あるいは、偽っているというような言い方ではなく、教祖自身がだまされているという、イストランの面白い言い方は、言説者としての教祖そのものに、物語としての世界構造に対する冷めた理論的認識が無い、凡庸であり、哲学的に幼稚であるという批判であろう。

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