| SUBJECT [ 2307 ] [ to 古賀 ] 平等意識における相同性1 |
| AUTHOR イストラン 11/10/Sat/2002 |
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>ぶっちゃけていえば、「死んじまえば、とりあえずちゃら」ということでしょうか? そういう場面はありました。 「わしはオヤジに、殺した奴に必ず復讐してやると約束したのさ。何年かはその約束を守ったが、今じゃ約束も変わった。だれかを殺すなんてことには何の興味もなくなったのさ。メキシコ人も、誰も憎んじゃいない。人が一生かかって旅する無数の道はどれも同じだってことを学んだんだ。迫害者も被害者も最後にゃ顔を合わせるんだ。確かなことといえばその両方にとって一生なんぞというものはひどく短いってことだけだ。わしが悲しくなるのはオフクロとオヤジの死に方のせいじゃなく、二人がインディアンだったからさ。インディアンらしく生きてインディアンらしく死んだ。だが何よりもまず自分たちが人間だってことを知らなかったんだ。」(『呪術の体験』) この偉そうな文句を見てみましょう。自分たちが人間だってことを知らないということはこの文脈では、死と隣り合わせの人間というイメージしか考えられません。 つぎにこのイメージがもっと直接的にある程度のまとまりをもって出てくる場面を引用します。 |