| SUBJECT [ 2304 ] [ to 古賀 ] 平等意識における相同性1 |
| AUTHOR イストラン 11/8/Thu/2002 |
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>イストランさんは、とりあえず釈迦を人間側に取り戻した上で >その魂の遍歴を追体験しようとしてるわけだ。 >では、釈迦はナワールであったといえるのでしょうか? >悟りは、精霊の声を聞くことですか? >釈迦の場合、伝説と実在がごっちゃになってるので、評論は難しいのですが。真実でなく、イストランさんの考えを示してください。 釈迦はナワールというより、むしろ戦士的気分をもった人というふうに現段階では移っています。 これは彼の言説のおもに<超絶性>をこう解したほうがすっきりするという意味でです。「世を離れる」というのは意味としては具体的に出家するとかにも当然なりますが、この離脱の感覚というのはやはり戦士の精神、死ととなり合わせのところで生きるところからの帰結と受け取りたい。釈迦の言い伝えとして形而上学の否定というのがありますが、具体的にいえばこれは<有限性>の精神の発露というものでしょう。 引用なかなか書けなくてすみません。 |