| SUBJECT [ 2276 ] [ to 三日月 ] Re15: 閑話休題 |
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イストラン 10/12/Fri/2002
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>よろしいですか、「信じる信じないの問題にしたくない」という発想自体が、既に「信じる信じないという思考の枠組み」に引きずられているということなんですよ。 そうなんですか。私は信じる信じないという思考の枠組みに引きずられているのですか。それは自覚したことがなかったな。 >?複雑に考え過ぎです。『意識への回帰』などに出てくる「一覧表」という言葉で示されたことと実質的には同じことですよ、ちょっと考えればすぐにわかります。 う〜む。その「わかる」っていうのはカスタネダが書いたことないしドンファンの言説のことですか?それとも三日月さんの考えたことですか? もし前者であるならば、別のことが主題になるでしょうね。あそこで言われているのは相変わらず自尊心ですが、これはトナールの島の項目を戦略として使うこと、盾としてのすること、することの戦略、戦略の一覧表ということになります。 信じる/信じないはもともとこの島の上の項目として表現されたことはないでしょう。もし似たような操作をするならば、そこに「引きずられる」のを拒否してその対立の外に向かうべきものという対立ではなくなります。たとえば「信じるときにはすることをするために、信じてないときにはしないことをするために」なんていうのはこの戦略性を感じますね。しかし「戦士は信じなくてはならない」というのは、こういう戦略性だけで処理しうるものかどうか。いずれにせよ、信じる/信じないの対立をこのトナールの島の上の項目としてしまうのはドンファンの思考というより三日月氏の思考ではないですか? |