| SUBJECT [ 2263 ] [ to passenger ] Re2: ユングの位置付けについて |
| AUTHOR イストラン 10/6/Sun/2002 |
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>歴史的的経緯から全体主義の擁護者とも非難されるユングですが、その自己実現の思想は社会と対峙する個人の尊厳を支えるものでもありえると思います。 その通りだと思います。「ところが」それがまさにいわく言い難いところでもありまして。 個人の尊厳を考える習慣に陥ると、社会の尊厳を考える社会的言語の方がおろそかになり、政治社会はどうでもいいやという気分でなんでも受容してしまう、たとえばユングのように。 だいたいトランスパーソナル派の人たちが勢いを得ているのも、ラジニーシなどの存在言語派が台頭してくるのも、<文化現象>としてみるという風な流れに陥っているのですね、私の脳味噌は。 ひとことで言えば、<価値>にはうんざりだという意識というのでしょうか。価値よりも存在の方が上、という意識というか。 >だいたい、集合的無意識というものと全体主義を可能にする群集心理的なものとははっきり区別されるべきではないでしょうか? だからこれは言説の隙間といいますか、個人の安心立命に拘ると、たとえ全体主義的であっても違和感を抱かず、そっちの方にふらふらするという。 ガイアがどうの、宇宙がどうの、こうやって脳味噌がしびれていくだけでよい、そんな態度をどこまで守り続けることができるのか、これはこの手のものに関わる人にとっての言説的運命のようなもんでしょう。 |