| SUBJECT [ 2241 ] [ to イストラン ] 条件法的意志からの離脱とその根拠への問い |
| AUTHOR けた 10/1/Tue/2002 無題 |
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> 「ただいま」だとそれで終わりでしょう、感覚的に。つまりどこか終点があると想定されている。どこかに真の世界があるというふうに。 > > カスタネダ全巻からくる意識は、そうした安住の地という表象を受け付けないものだと思いますけどね。どうでしょうか。キリストの「どうして私を見捨てるのか」これは絶対死なない意識、いかにしても消失しようがない能動性だと意識します。究極の個体性だと表現してもいい。 私なりに書かせていただきます。 イエスの言う王国も ドン ファンの言うナワ−ルも 同じことだと思うのです。 宗教も政治も 神と悪魔 仏と凡夫も 理想と現実もやはり表現のちがいがあるだけで 同じひとつの側面です。 もちろん受動能動においても同じです。 こんな考え方は昔からあったと思いますが 私にはとてもなじみが深いのです。 ユ−トピアと言う言葉が (非在の地)という意味をもっている と聞きましたが。 わたしのいう(おなじひとつ)は まさにそれがしっくりきます。 非在を表現するためにしか知は 輝けません。 なおかつ知は非在であるのです。 非在が非在を照らし出すという 矛盾は 軌跡的でありながらあたりまえのできごとです。 |