| SUBJECT [ 2195 ] [ to イストラン ] 私には失礼ながら中途半に思えますね |
| AUTHOR シャルマ 9/23/Sun/2002 |
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>>他人を分析してどうなるの? >>人のことはどうだっていいんだよ。 > > シャルマ氏。私は貴方の言説にも見るべきものがあるとは思うが、一つ二つ、この手の人間が容易に語ってしまう<スローガン>に陥っているように見えるのだ。仮にそのスローガンが正しくても、ちょっと立ち止まるぐらいはしてもらいたいんだな。 > ま、こんな話もちょっと飽きて来たけどね。 僕が一番褒めたいのは、この掲示板そのものだ。 これは大変良くできていると思う。 こんなに議論にピッタリの掲示板は他にはなかなかないよ。 だからさー、スローガンのように映るのは、 君の目というか、君の実存的理解のよる、とは君は考えないのかね? どうしても、過去になされた表現のほうが、自分の感想より的をついていると思うから繰り返しになるだけ。 それにね、ここでは、僕は、あの非情者を引っ張りだしたかったんだ。君じゃない。非情って名乗るくらいだったら、よっぽどの男だろう、だから、ちょっと議論してみたかっただけさ。 それで、軽く挑発しただけ。 君の出番じゃないのよ。 > この「人のことはどうだっていいんだよ」もそうで、通常これに「おまえの問題が問題だ」とかいうようなことがくっつく。がしかしだね、ラジニーシ禿頭和尚にいかれたのは、彼の個人的問題に惹かれてのことだろうかね。そうではあるまい? > そんなこと、今更、問題かね? > 実際にはその言葉が自分の存在を言い当てている、ないし的中しているからであろう。とすれば、「自分のこと」に「自分をも含めた他人と自分の問題に関わる言語」の<普遍性>ということを意識しなくてはなるまいね。 > 意識してますよ、僕なりにね。 君達のほうが、ある偏った物言いに囚われているのでは? > 人のことはどうだっていい、これはなるほどそうなんだが、なぜ<人の話>を我々がするのか、といえば、話そのものがみんなに共通しているからだ。でなければシャルマ氏もその<人の話>からこの道に入っていかざるを得なかっただろうし、また、自分の経験の絶対性をこうして他者に主張するということの意味もないだろう。 > > それとも「人の話はどうでもよい、それよか俺の話を聞け」とでも言いたいのかね? > 人のことは人のこと、というのはだね、探求は内側で為される、という意味だ。 > >>ここの人間はさあ、 >>「私は誰か?」 >>と問い掛けるところを。 >>「あなたは誰ですか」 >>とやる。 >> >>そこが、中途半端じゃないか、そこが。 > > 中途半端といえばそんな語りも中途半端なのだ。「私は誰か」だって?私はイストランに決まっている。それ以外に四の五の思考が続くならば、まずこの答えが出ている問いの意味をはっきりしなくてはならない。つまりだ、まだ思考を続けようとするなら問いの意味がこんな言葉では言い尽くされないということだ。 > 語りなんてことは、どうだっていいの。 > >>知らないものは知らないんだろう。 >>それを論理的な思考で掴もうとするから解らない。 > > であれば、自分が知っていることを披露すればよいのではないかな。その方がうんとためになるだろうし、人から感謝されるだろう。これまでのところ、貴殿が何を知っているのか定かでなし。とりあえず、自分の体験を努力と無努力などの言葉で語りたい、という欲望が見えるだけでさ。しかもその体験とやらも定かでないときているのだから、こうして人の話に割り込んでくるのは、やはり「人(カスタネダ)の話ではなく、俺(シャルマ)の話を聞け」程度のものに聞こえてしまうのだ、ははは。 イストラン、このような発言をしても、 それが誰にとっても利益にならないことが君には見えないか? 知らない、という当たり前のことを、 どうやって披露できるんだろうか? 君は、知る、ということに執着しているから、 こんな無駄な、ツマラナイ発言を繰り返すことに終始している。 僕にとっては、その<俺>なんてもんが見当たらないのさ! それが、そう聞こえるのは、 またしても、あんたのマインドのせいなんだ。 投影しかできんのだよ、マインドは。個人的に取るなよ。 マインドはだ。 消耗し尽くす必要がある。 消耗だ。 |