| SUBJECT [ 2187 ] [ to シャルマ ] 私には失礼ながら中途半に思えますね |
| AUTHOR alexios 9/22/Sun/2002 alexios www1.odn.ne.jp/~cac97360 |
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>>>どこに、その精霊ってのがありますか? >>>精霊ってそもそも何? >> >> カスタネダ語で聖霊とはspiritです。精神と訳される場合も多いでしょう。 >> >> >>>オムツ取って、オツムも取りなさい。 >> >> 最初からオツムのない人や、いわゆる統合失調症の人たちに自我の話をしてみてもむなしいでしょうね。考えてみると面白いではありませんか。どんな深遠なる教義も体験にもとづく真理も彼らの前では一文の値打ちもないのですから。「誕生、死、愛、こういうことは貴方のやれることではないのだ」これが何の意味を持つのだろうか、彼らの自我なき体験にとって。 >自我には実体がない、ということです。 >オマケにある観点に立てば、その世界すら存在していない、とも言えます。 >しかし、意識を視点にすれば世界は顕われ、こうやって石頭とお話も¥できる、はっはっは、これが幸福なんでしょうね。 一体、身心脱落して世界が崩壊したら、微分はできないのか?音楽の法則はなりたたんのか? 世界が崩壊する前と後では何が違うのか。それはカスタネダが言うように集合点の働きなのか? そういうことを投げかけてもなんのレスが返ってくるわけでもない。 じゃあ、頭が落ちとるから、おとなしくしとるかというとそうでもない。真摯に相手に教えたいことがあるなら、相手が主題にしている本ぐらい読めばいいのに、それもしない。相手の主張を見通しとるわけでもない。根深い、他人に認められたいという気持ちを抑えられないから、お互いに平行線のレスを繰り返すというわけです。その気持ちの奥にあるのは自己憐憫だとカスタネダはいっているわけですよ。 あなたはカスタネダ語で言う「非情」ではないわけだ。 格好の教材ってとこでしょうよ。 |