| SUBJECT [ 2156 ] [ new post ] 一般の理性はグルジェフ言説をどう見るか |
| AUTHOR イストラン 9/16/Sun/2002 |
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一般の理性はグルジェフ言説をどう見るか。 ここで一般というのを何に代表させるかといえば、それは学の分業と、ある種の哲学的伝統とでもしておきますが、一般理性はグルジェフ理論をおそらくとうてい受け入れがたい、かもしくはそこに意味があるとしても、ある限定された枠内においてであろう、というふうに想像します。 第一に、グルジェフの宇宙論は同時に人間論でもあって、この二つは切り離すことができないということ。ここから学の分業にとっては、この理論は恐ろしく中途半端な代物ないしアナクロニズムと映り、ある種の哲学的伝統からすれば、極めて重要な問題を回避するか隠蔽している、ということになるでしょう。私が先に指摘しておいたことは後者のことをイメージしているわけですが。 現代の分業的学問観からすれば、宇宙のことは宇宙のことであり、そこに人間が入り込む隙間はありません。ですから、そこに人間が入り込むとすれば特異な状況、たとえば、月の話であれば、月の満ち引きが人間の体に及ぼす影響とか、紫外線が人間に及ぼす影響とか、小惑星が地球に追突する危険とか、あるいは理論的には人間原理とか、そういった特殊な場面においてであって、<原理的に宇宙と人間を接続すること>は、さながらライプニッツの生きていた時代、地震が起きたことによって神を弁護しなくてはならなかったような時代への逆行、アナクロニズムに見えるだろう、ということです。もっとも現代でもある種の宗教はこのアナクロニズムに陥るわけですが。 こうした地盤的な、人々に受け入れられている信念は、またある種の哲学的問題にも関連し、それはデカルトの心身二元論に淵源するわけですが、精神のことは精神に、物質のことは物質にという二元論に影響された行為性の問いです。 ということで話は意図についての問いになります。 |