| SUBJECT [ 2154 ] [ to イストラン ] Re: 非情について |
| AUTHOR alexios 9/15/Sat/2002 alexios www1.odn.ne.jp/~cac97360 |
|
> ところでalexiosさんがおっしゃる非情な点に相当する現象というのは、こうした感情面での記述はどうなりますか。文字通り、<非情>というのを<感情にあらず>というふうに表現しますか。それとも、なんらか別の感情、別の情動というふうなものだったのでしょうか。あるいはそもそも感情という言葉で通常意味されることとは別の事態だったのでしょうか。 > 「非情な点に相当する現象」というのは、非情である、自他憐憫がない場合に、沈黙の点を覗き見る・・・もしカスタネダの言うとおり沈黙の点が2箇所に同時に存在することであるならば到達はしなかったでしょうが・・・ことです。私はそのときバイト先の喫茶店で便所掃除をしていました。上の人でいやな人がいましてね。そのことと知識と便所掃除が助けになったということでしょうね。やっぱり目が回りそうな感覚はあったように思います。 そのときには、行為は違います。 通常の言葉で表される感情などという言葉に惑わされないほうがいいでしょう。 ドンファンがファン・ラモン・ヒメネスの詩を引用して語るような感情は、見事にある種の思想を表現しています。これは道元が如浄禅師の元で「和尚の風鈴の詩は格別だ」といったというような場合もあてはまるでしょう。 だが、それですら、非情かどうか。 逆に通常の行為、その理由はなにかということのほうか重要です。 惰性でなくて、所在無さでもなく、恨みでも、認められたいでも、不満でも怒りでもない、そういう行為は普通はないんですよ。 |