| SUBJECT [ 2150 ] [ new post ] 非情について |
| AUTHOR イストラン 9/15/Sat/2002 神秘主義と哲学 eleutheria.com |
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これもまた別の引き出しにしたいのでレスを分けますが。 >しかし、集合点は確認できないものの、例えば非情な点に相当する現象は13年ぐらい前に確認しています。これについては・・・なんてこったい、こんなややこしいことがあるんですからね・・・四の五のいうことはありません。あったんですから。 グルジェフにせよ、カスタネダにせよ、自己認識に関することで特徴的なことがありますよね、感情の位置という。グルジェフ系の場合は感情と思考を分けるということで始まり、高次感情センターなどという。ウスペンスキーによればこの<高次>ということの特徴は感情と思考が分離されていないことだそうですが、カスタネダではひとまず<戦士のフィーリング>ということになる。そして「非情」ということもこの戦士の気分の中に入っているか、あるいは連続しているように捉えられているように思います。 ところでalexiosさんがおっしゃる非情な点に相当する現象というのは、こうした感情面での記述はどうなりますか。文字通り、<非情>というのを<感情にあらず>というふうに表現しますか。それとも、なんらか別の感情、別の情動というふうなものだったのでしょうか。あるいはそもそも感情という言葉で通常意味されることとは別の事態だったのでしょうか。 |