| SUBJECT [ 2144 ] [ to イストラン ] Re: 夢見、注意力などについて |
| AUTHOR alexios 9/13/Thu/2002 www1.odn.ne.jp/~cac97360 |
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>>結局は、あなたを含めて、そこから先がないから、既存のもののなかで想像を巡らすしかないのです。 > > これはですね、実に微妙なところです。カスタネダに関わる部分では。というのは、そこから先があったのかどうか、これがカスタネダ本人にも言えることなのです。 > > そこから先、彼はビジネスグルになってしまいました。第九巻の登場人物、女ナワールのキャロル、フロリンダ=ドナーの<借家人>とのスーパープッシーの話、青い偵察の話、これらすべてがSustainedactionによって、いわば<強引に事実とされた虚構>であったことがわかってしまいました。さてどうしましょう。 > > 私の戦略はいっさいを思想であったとみなすことです。そしてその鉱脈はとても深い。alexiosさんはその深いところにおられる。だから私は表層的な事実などに拘ってほしくない。 この話は、前にもありました。 青い偵察が実際に青い偵察だったと証明することは不可能でしょう。 しかし、そのことを置いたとしても、カスタネダがビジネスグルだったということは、さもありなん、と考えてもおかしくはないでしょう。なんせ、NEWS WEEKにまで取り上げられたことがありましたもんね。お陰で私はテンセグリティまで顔を突っ込んだことはありませんよ。ご忠告には感謝しなければならないでしょう。 イスラムの格言に「師を持たぬものは悪魔(シャイタン)を友とする」というのがありましたかね。私もそうだと思います。 ラジニーシのときもそうでした。当時はほとんど彼を信じていたのです。と同時に、「あなたに『私が教えてあげましょう』というひとにはNOといいなさい」というクリシュナムルティの忠告も片時から耳から離れたことはありません。だからこそ、私はパンツを真っ赤に染めることもありませんでした。 ちょっと考えて見ますよ。 あなたの言う通りかもしれません。 しかし、集合点は確認できないものの、例えば非情な点に相当する現象は13年ぐらい前に確認しています。これについては・・・なんてこったい、こんなややこしいことがあるんですからね・・・四の五のいうことはありません。あったんですから。一つ一つの現象は、結構当たっているんですよ。 カトリックさんがpneumaを霊と訳しているのは、完全に間違いですね。psycheが霊とか心霊とかで、pneumaは精神とかに相当する言葉です。カスタネダでpneuma的な内容に相当するのは、意図でしょう。というより、完全無欠の精神でしょう。旧大陸の文化は、pneuma的である分、曖昧模糊としています。またそれは、顕教であるせいもあるでしょう。 カスタネダにはそうした部分がちょっと希薄ですね。丸ごと信じるわけではありません。しかし、嘘だとも思えませんね。 |