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TOPIC 『集合論への哲学的導入』−ステフェン ポラール
 
Subject Re: 『集合論への哲学的導入』−ステフェン ポラール
Author イストラン [ 3290 to イストラン ]  6/15/Mon/2004   

>問題はたんに、日常的集合を知っていることは数学的集合の最低の把握ですら保証するものではない、ということである。」(14-15)

 きびしい!!でもそんな感じがする。カントールの集合論について、いろいろ啓蒙書には書いてあるけれど、−ダンハムの『数学の知性』なぞうまくまとめてはいるけれど、−それで一体何がわかるのか謎じゃ。つまりカントールの浸っていた動機なぞ全然持っていない、ただの好奇心から集合論てなんでしょう、という程度では、とてもあの世界に入っていけん。なんか足りないんだよなぁ、通路が。やっぱり数学基礎論の歴史みたいなものが、三種の神器の一つとして必要なのか。数理論理学の入門、集合論の入門、全般的数学基礎論の入門、と。

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Subject 『集合論への哲学的導入』−ステフェン ポラール
Author イストラン [ 3289 new post ]  6/15/Mon/2004   


Stephen Pollard, Philosophical Introduction to Set Theory,1990


「それゆえ、数学の哲学を行う者にとって、数学の歴史について自らを教育することにはまったく一般的な理由というものが存在するのである。しかし、 より特殊的に言って、集合論 の哲学者が歴史的教養を持たねばならないというのが何故なのかを人は知りたいと思うだろう(というのも、この章が狙っているのはまさにそのような教養に寄与することだからである)。この問いに対して最初に浮かぶ答えは、やはりまったく一般的な性格のものである。集合論の歴史的生成の探索は、たとえそれが私たちに集合論も歴史を 持つ ということを留意させる以上のものではないとしても、価値がある。それはそれ自体で数学の哲学における生成する歴史主義を助ける。しかしながら急いで注意しておこう。私はもっと狭く哲学的目標に焦点を定めている。二つの神話を突き崩したいのである。それらは集合論の適切な哲学的把握の道に立ちはだかる神話である。

 神話#1 数学的集合論の発展は、日常的思考から直接借りてきた諸観念に重大な影響を受けている。

 神話#2 数学的集合論について何かを学ぶに先立って、数学的集合に関する本質的に健全な考えを持つよう人に期待することができる。

 私の第一の標的は2番目の神話である。数学的な集合に関するあからさまな親近性は危険な幻想であり、その幻想は、集合論の哲学において基礎的な展開がなされ得る前に、哲学的セラピーによって払拭されねばならない。(まず最初に、我々は知らないということを知らねばならない!)神話#1は退けるべきである。というのは、それが真理でないのに加えて、神話#2の出現を手助けするからである。実は、人が意識して神話#1を信じているのかどうか私は知らない。しかし、神話#1を 信じない 人間は誰でも神話#2に懐疑的になるだろうと思う。(もしも数学的集合論が常識的観念によっては大して形づくられていないのならば、なぜそうした観念をたんに持つことが数学的集合に人を親しませるよう期待されねばならないのか?)だから神話#1への 不信心 の欠如は神話#2を支える手助けとなるのである。この章の残りで、そうした不信心を開拓することを望んでいる。
 上に挙げた神話は 数学的 集合に関与しているのだということを注意しておく。英語の話者が精通している日常的集合概念が存在することを認めるにやぶさかではない。実際、以下の節ではそうした概念を考察するだろう。であるから、私は すべてのタイプの 集合が数学的門外漢にとって異物であるとは主張していない。問題はたんに、日常的集合を知っていることは数学的集合の最低の把握ですら保証するものではない、ということである。」(14-15)

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