| Author |
イストラン
[ 3182 new post ] 12/21/Sun/2003 |
Beyond Morality, R.Garner,1994,ch.5
インドにおけるモラリズムとアモラリズム
心的態度をよく修練したものは、この世界の向こうに善なることも悪なることも残さない。 | |
『バガヴァッド ギーター』 |
農耕する村の中に狩猟採集集団が登場すると、初期の町の住人は新しい道徳的レッスンを教えるために神話を作り直した。彼らは規則を寄せ集め(あるいは規則が自ら寄せ集まり)、法を作り、その力を強めた。彼らは社会習慣を支えるために超自然存在に頼り、礼儀作法を推し進めるために、この世と彼岸での賞罰の約束を信頼した。徳と悪徳、義務と責務、正誤、正義、名誉、そして善の概念は、ある種の行為と存在の仕方が客観的要求と調和しているという考え(あるいは希望)を表現する手助けとして展開する。
ギリシャ人たちはこれらの要求の本性と合理性に関して思弁した最初の人たちだった。彼らに対しては第七章他で注目するが、我々の西洋的ルーツを知る必要を感じる一方、我々はそれしか知らないあるときには、あまりに多くのことを見逃している。インドと中国の人々もまた、社会の中で生き、家庭、友人、敵、負債、仕事、貧困、死、税といった事柄を持っている。これらの複雑化した事態とつき合うに当たって彼らが始めたいくつかのやり方は、その発展した形を西洋で映し出しているが、他のものは異なっている。道徳性、社会、人間本性、欲求、決定に関する我々の議論は、ヒンドゥー教、仏教、儒教、道教といった非西洋的運動がもたらすものを含めるときにのみ、豊かになる。この理由のために、私はこの章と次の章をインド的思想、中国的思想の議論に費やすことにする。それらはモラリストとアモラリストの論争を豊かに理解させてくれる。
アーリア人たち
2500B.Cと1500B.C.の間に北西インドのインダス川流域で、一つの先進的文化が花開いた。ハラッパやモヘンジョ−ダロの出土品は、注意深く計画された都市の姿をかいま見せている。そこには覆いつきの下水道、中庭や配管つきの家があった。1500B.C.までに、これらの都市は公害や人口過密に悩まされていたように見える。しかし、牛飼いや戦車使いが北からこの地をなめ尽くし、彼らを服従させてしまったことに比べれば、そのようなことは大した問題ではない。
ハラッパ文明の都市住人たちは、これらの侵入者を無知な者、悪臭を放つ野蛮人だと思ったに違いない。ジョゼフ・キャンベルは彼らを「一夫多妻で、愛国的、自らの系譜に誇りを持ち、テントに住み、不潔で粗野な」と形容している(Campbell,176)。今やインドとなったところに彼らが初めて現れたとき、自分たちを三つのクラスに分けていた。僧侶、戦士、働く者である。ハラッパの都市を略奪し、もとの住人たち(ドラヴィタ人と呼ばれる)を奴隷化した後で、彼らは四つのクラスを持った。ブラーミン(僧侶)、クシャトリア(戦士)、ヴァイシャ(商人、農民、他のアーリア人労働者)と、スードラである。「カースト」という言葉はポルトガル語起源であるが、元のサンスクリットではヴァルナであり、「色」という意味を持つ。スードラとは「暗い」を意味するから、明らかにこの最低の位置は暗い−肌のドラヴィダ人のために作り出されたと言える。スードラであることよりも悪い唯一のことは、スードラの父と非スードラの母の子供であることだった。それはチャンダーラと呼ばれる。彼らの仕事は犯罪人の処刑であり、死体の火葬であり、他のカーストのメンバーと関係することは禁じられた。
『リグ・ヴェーダ』の中に、カーストを合理化する有名なヒンドゥー語の書がある。それは巨大な存在、プルシャの原初の分割について語ったものだ。
彼らがプルシャを分けたとき、どれほど多くの部分にそれを分けたか。その口は何であるか。その二本の腕は何か。その腿と足は何と呼ばれるか。
ブラーミンがその口である。二本の腕はラージャナ(戦士)として作られ、二つの腿はヴァイシャ(取引する者、農耕する者)として作られ、その足からはスードラ(奉仕階級)が生まれた。(Radharkrishnan and Moore,19)
|
そうした物語を持ち出すことで、階級システムの現存を正当化しようとすることを我々は奇妙に思うかもしれない。しかし、思い出してみよう。この物語は聖なる書と考えられた書き物からのものである。さらに、聖書 Bible は女性の隷属を自ら正当化して、失墜のときの女性について、神はイブに「おまえは夫を切望し、彼はお前の主人となるだろう」(創世記、3;16)などと言っているのである。
アーリア人がインドに入ったとき、彼らは自分たちの神をひきつれてきた。彼らのパンテオンには空の神(ディアウス Dyaus [cf.Zeus])、風の神、火の神、水の神、雷の神、創造し、統括し、破壊する神がいた。彼らはヴァルナを秩序と正義の神とみなし、罪人を発見した。しかしこれはまた許す力をも持っていた。ヒリヤンナ氏はそれを「価値のある良いことすべての守護者」だと話している(Hiriyanna,12)。移住する時代のもっとも重要な神はインドラ、勇気と勝利を表象する、うぬぼれの強い、高慢な神であった。この神は「アーリア色の保護者」「暗い肌を破壊する者」と呼ばれる(11)。