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TOPIC 『証言記録 三光作戦』 南京大虐殺とは
 
Subject 自衛戦争?
Author 桃人間 [ 3183 to 佐々木 寛 ]  12/24/Wed/2003   

      引用開始
その後、上記引用の、第一次上海事変「昭和7(1932)年」が中国軍陣地からの機銃射撃で起こり、上海共同租界(日米英)の居留民保護の為、日本は出兵することになる。
>この時、上記引用のように、アメリカ軍人が中国軍として参戦していたのは、明らかな中国とアメリカの謀略の証拠である

>参考文献;『日本と中国はなぜ戦ったのか』益井康一=著、光人社、2002年。『中国・韓国の歴史歪曲』黄文雄=著、光文社、2000年など。
        引用終了
   第一次上海事変がこのように起きたということを裏付ける本は何ですか?
インターネットで「中国側による発砲」と言う文を調べましたが、有りませんでした。これは嘘ではないのですか?
教えてください。

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トピック= 3008 宛先= 3084 同宛先= 3088 返信=
 
Subject 自衛戦争?
Author 佐々木 寛 [ 3092 to 野原燐 ]  6/22/Sun/2003  日出づる国の民 www1.odn.ne.jp/~cak23720/

>それらと比べても最低最悪なのがあなたの思想です。
<(野原さん投稿から)


人類史上、最低最悪の思想は、マルクスの共産主義(含む社会主義)だと思います(それに反対する思想は比較<善>でしょう)。

『共産主義黒書<ソ連篇>』ステファヌ・クルトワ&ニコラ・ヴェルト=著、外川継男=訳、恵雅堂出版。

これを是非、読んで頂きたい。ヨーロッパの幾つかの国々ではベストセラーに成ったようです。

秘密にされていた、旧ソ連の資料を基に書かれた、社会主義(共産主義)国家の悪事の数々。
個人財産の没収(雀の涙ほどであろうが)、強制移住、強制労働、政策としての農民および少数民族への飢餓(結果として数百万におよぶ餓死者)、小規模事業者・個人事業主の、大粛清・銃殺・虐殺などなど…。
社会主義政権に対して幾つもの一揆が起きた事実。
その抵抗した人々の多くが、商取引の自由を望んでいた事実は重い。

権力で市場経済を否定すると、結果として、社会全体が悲惨な末路に至るという実例です。


追記;社会主義(共産主義)国を、社会正義≠ェ実現したものであると吹聴していた人たちが、責任を感じないのは不思議ですね。>

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トピック= 3008 宛先= 3091 同宛先= 返信=
 
Subject 自衛戦争?
Author 野原燐 [ 3091 to 佐々木 寛 ]  6/22/Sat/2003   members.tripod.co.jp/noharra/

「わたしが自分の誤りを認められないだけの事です。」とあなたに
言わせるためにはどうしたら良いのでしょう。

有事法制も日本の核武装もナチズムもわたしは反対ですが、
それらと比べても最低最悪なのがあなたの思想です。

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トピック= 3008 宛先= 3089 同宛先= 返信= 3092
 
Subject 自衛戦争?
Author 佐々木 寛 [ 3089 to 野原燐 ]  6/16/Sun/2003  日出づる国の民 www1.odn.ne.jp/~cak23720/

>(B)佐々木さんは「自己はイノセントなものだ」という絶対
> 的な前提を持っている、と考えると、その前提から
>(A)及び
>☆ 南京大虐殺はなかった
>☆ 日中戦争は自衛戦争だ
>の三つが直ちに導かれることが容易に理解できる。
>
>                   野原燐


まったく逆で、貴方が自分の誤りを認められないだけの事です(スターリンやポルポトも、そうでした)。

それから、貴方は私が紹介した、南京問題に関する2chグースさんのサイトの内容を読んでいないようですね。

最後に、先に中国側から攻撃してきたのだから、当然、自衛でしょう。

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トピック= 3008 宛先= 3088 同宛先= 返信= 3091
 
Subject 自衛戦争?
Author 野原燐 [ 3088 to 佐々木 寛 ]  6/16/Sun/2003   members.tripod.co.jp/noharra/

イストランさん  こんにちは

哲学的でない議論が延々と続いてしまっております。
デリダが超難解なのもアウシュビッツと関係ある、とか聞いたことがある
ような気がします。非力ながらそんなこととも関連しうる議論をしたいのですが、
わたしにはなかなか難しいようです。

さて、佐々木さんとの対話の始まった前のツリーでの、イストランさんの
3月29日発言

| 佐々木さんの絶対者の記述が当てはまるようなものを、私は一つ指摘したい。それは時間と空間です。

| 時間はわれわれがどう作用しても変わることなく存在し、かつ過ぎ去ってしまう。空間それ自体をどうこうす
|ることはできず、その中の物ならどうこうすることができる。

を読んでわたしは何かが少し分かり始めるきっかけを得た、という思いがあります。
それを言っておきたかったので書いておきます。

佐々木さん

|それから最後に一言、貴方は、どうしても私に、右翼というレッテルを貼りたいように思われますが、伝統を
|尊重すること、すなわち右翼なのですか? だとすると日本語を伝統的に使用することは、どうなるのでしょ
|うか。

野原が「佐々木さんは右翼である」と言いたがっている、と受け取っておられる
とのことですが、どうしてそういう理解になるのでしょう?

(A)佐々木さんは論理学の初歩に反する発言をした。
しかも自己が誤ったという自覚をまったくもっていないようです

(B)佐々木さんは「自己はイノセントなものだ」という絶対的な前提を持っている
、と考えると、その前提から
(A)及び
☆ 南京大虐殺はなかった
☆ 日中戦争は自衛戦争だ
の三つが直ちに導かれることが容易に理解できる。

                   野原燐

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トピック= 3008 宛先= 3084 同宛先= 3183 返信= 3089
 
Subject 自衛戦争?
Author 佐々木 寛 [ 3084 to 野原燐 ]  6/9/Mon/2003  日出づる国の民 www1.odn.ne.jp/~cak23720/

///////////下記は再掲(加筆アリ)///////////

『一九二八年(引用者・注/真珠湾攻撃の13年前、盧溝橋事件の9年前、満州事変の3年前のこと)、アメリカは蒋介石軍に対する武器の売却に踏み切り、それと共に軍事顧問を送り込んでいる。
彼らは中国軍人たちを教育するだけではなく、満州事変以後、第一線に立って直接日本軍と闘うことになった。
昭和七年(一九三二年)二月二二日、日本海軍の航空母艦 <鳳翔> を飛び立った攻撃機編隊は、蘇州上空で迎撃してきた中国軍戦闘機と交戦し、これを撃墜した。このボーイングP12戦闘機を操縦していたのは、アメリカ陸軍の中尉であったR・ショートであった。
彼はこの空中戦で戦死したが、日本機の搭乗員の一人も頭部に銃弾を受けて死亡している。
このあと昭和一二年から日中戦争が本格的になると、シェンノート大尉指揮の航空部隊が中国入りした。』

上記引用は、『わかりやすい日中戦争』三野正洋=著、光人社、2001年の、266〜267頁からの抜粋。

これは要するに、昭和一六(1941)年の真珠湾攻撃の13年前、すなわち昭和三(1928)年には早くも「アメリカ」と「中国」が軍事協力関係に有ったことを意味し、昭和七(1932)年の真珠湾攻撃の9年前には、先に「アメリカ」が「中国」軍と共同して日本軍を攻撃していた事実をも表しているのです。

それから、以前も投稿しましたが、満洲は、満洲民族(女真)の領地であり、歴史的に漢民族(中国)の領地で在ったことは有りません。漢民族の領地ではない満洲に満洲国を造っても、漢民族の領地を侵略したことには為りません。

////////////上記は再掲(加筆リ)////////////


明治19(1886)年、清帝国(満洲民族が中国を侵略して建てた王朝)の艦隊が長崎に来襲、長崎市街で暴動を起こし市街戦となる。
その後、清帝国との間で戦争となり、日本が勝利し、租界等の権利を得る。

さらに、明治32(1899)年に義和団事件が起こり、清帝国が、それを利用し諸外国と開戦するが、日米英露仏などの連合国側に鎮定される。
その後、清王朝は、事件を解決する議定書に基づき、居留民保護の目的で各国に駐兵権を認める(これにより日本は清国駐屯軍を新設する)。
ただし、このとき以降、全満洲はロシアに不法占拠されてしまうのである。
しかし、その後の、明治38(1905)年、日露戦争で日本が勝利し、ロシアの租借権などを譲り受けることになる。

以上から、日本軍が中国に駐屯していることは、別に問題の有ることではないといえる。

その後、上記引用の、第一次上海事変「昭和7(1932)年」が中国軍陣地からの機銃射撃で起こり、上海共同租界(日米英)の居留民保護の為、日本は出兵することになる。
この時、上記引用のように、アメリカ軍人が中国軍として参戦していたのは、明らかな中国とアメリカの謀略の証拠である(戦争に引きずり込む為の)。
ちなみに、当時の中国の陸軍総兵力は210万人で、日本軍の兵力は、たった23万人だったそうである。


参考文献;『日本と中国はなぜ戦ったのか』益井康一=著、光人社、2002年。『中国・韓国の歴史歪曲』黄文雄=著、光文社、2000年など。


追伸;2CHグースさんのホームページを精読すれば、ジョン・ボイドさんと私の南京問題に関する議論の件については必要ないでしょう(どこの掲示板でした議論か、忘れました。ゴジラズワイフさんとか云う人のところだったかな…。いずれにしろ、はっきりしません)。なお私の立場はグースさんと同じです。
それから最後に一言、貴方は、どうしても私に、右翼というレッテルを貼りたいように思われますが、伝統を尊重すること、すなわち右翼なのですか? だとすると日本語を伝統的に使用することは、どうなるのでしょうか。

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トピック= 3008 宛先= 3081 同宛先= 返信= 3088 3183
 
Subject 自衛戦争?
Author 野原燐 [ 3081 to 佐々木 寛 ]  6/9/Sun/2003   members.tripod.co.jp/noharra/

佐々木さん
|(5−2)
||ちなみに、ジョン・ボイドさんとは、どこかの掲示板で議論し、論破した記憶があるな。

|いつどこか明確に証拠を挙げてください。
|「事実」にしかこだわれないあなたには簡単でしょう。

あれ! 答えがないですね。
嘘をついたのかな?

(2−5)
|昭和七年(一九三二年)二月二二日、日本海軍の航空母艦 <鳳翔> を飛び立った攻撃機編隊は、蘇州上
|空で迎撃してきた中国軍戦闘機と交戦し、これを撃墜した。

日本の攻撃機隊は中国上空でブラブラしている権利を持っていたのですか?
持ってないないなら、撃ち落とされても文句言えないのでは。
それとも持ってなくとも、それは日本を犯す攻撃でありそれに対する反撃は
自衛だと思ってるのかな。それは論理的に成立しないと思うが。

(1−2)
|まず私は、右翼(国民社会主義者)では有りませんし、左翼(共産主義者)でも有りません。

では何なのだ。「わたしは右翼でない」とどうしてもいいたいために、
論理学的な誤りまで犯して。
論理学の初歩も分からずに(このサイトには分析哲学に詳しい方が
たくさんいらしゃるようで私などが論理学ついて発言するのは恐縮だが)
いったい誰に対して何を言いたいのか。
AとBが闘いAが死ねば、証言者はBだけになりA側の真実は消え去る。
戦争とは自分の同僚の五臓六腑が目の前で飛び散ることでもある。
戦争について語ることは論理的にも実存的にも不可能性を乗り越える
、というジャンプの自覚においてしかなしえないものだ。
佐々木さんにとっては、すべては小学校の教科書のように平明にかつ平板に自分の
前に歴史が存在している。小学校的な真実が好きなら戦争など語らないことだ。

「つねに自分が『普通』であることを立証したいという不安におびえ、
そのために<普通でないもの>を発見し、排除してゆくことでアイデンティティ
を保とうとする人びと」というものが存在するらしい。佐々木さんもたぶん
これにカテゴライズされるのだろう。

(今日の毎日新聞書評より、小熊英二、上野陽子『<癒し>のナショナリズム』
の小熊のフレーズより。)
                      野原燐  

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トピック= 3008 宛先= 3075 同宛先= 返信= 3084
 
Subject 自衛戦争?
Author 佐々木 寛 [ 3075 to 野原燐 ]  6/3/Mon/2003  日出づる国の民 www1.odn.ne.jp/~cak23720/

『一九二八年(引用者=注・真珠湾攻撃の13年前、盧溝橋事件の9年前、満州事変の3年前のこと)、アメリカは蒋介石軍に対する武器の売却に踏み切り、それと共に軍事顧問を送り込んでいる。
彼らは中国軍人たちを教育するだけではなく、満州事変以後、第一線に立って直接日本軍と闘うことになった。
昭和七年(一九三二年)二月二二日、日本海軍の航空母艦 <鳳翔> を飛び立った攻撃機編隊は、蘇州上空で迎撃してきた中国軍戦闘機と交戦し、これを撃墜した。このボーイングP12戦闘機を操縦していたのは、アメリカ陸軍の中尉であったR・ショートであった。
彼はこの空中戦で戦死したが、日本機の搭乗員の一人も頭部に銃弾を受けて死亡している。
このあと昭和一二年から日中戦争が本格的になると、シェンノート大尉指揮の航空部隊が中国入りした。』

上記引用は、『わかりやすい日中戦争』、三野正洋=著、光人社、2001年の、266〜267頁からの抜粋です。

これは要するに、昭和一六(1941)年の真珠湾攻撃の13年前、すなわち昭和三(1928)年には早くも「アメリカ」と「中国」が軍事協力関係に有ったことを意味し、昭和七(1932)年の真珠湾攻撃の9年前には、先に「アメリカ」が「中国」軍と共同して日本軍を攻撃していた事実をも表しているのです。

それから、以前も投稿しましたが、満洲は、満洲民族(女真)の領地であり、歴史的に漢民族(中国)の領地で在ったことは有りません。漢民族の領地ではない満洲に満洲国を造っても、漢民族の領地を侵略したことには為りません。

また、ここで重要なのは、旧ソ連も、アメリカと同様に中国に対して莫大な軍事援助をすると共に、日本軍への軍事攻撃に参加していたということです。前掲書や、『シナ大陸の真相 ―1931〜1938―』、K・カール・カワカミ=著、福井雄三=訳、展転社、平成十三年など参照のこと。

その他に、参考文献として、『捏造された日本史』、黄文雄=著、日本文芸社、平成9年、『東京裁判 日本の弁明』、小堀桂一郎=編、講談社学術文庫、1995年、『共同研究 パル判決書(上・下)』、東京裁判研究会=編、講談社学術文庫、1992、1993年、『秘録 東京裁判』、清瀬一郎=著、中央公論社、1998年、『アメリカの鏡・日本』、ヘレン・ミアーズ=著、伊藤延司=訳、メディアファクトリー、1995年なども挙げたいと思います。

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トピック= 3008 宛先= 3074 同宛先= 返信= 3081
 
Subject 自衛戦争?
Author 野原燐 [ 3074 to 佐々木 寛 ]  6/2/Sun/2003   members.tripod.co.jp/noharra/

いつもRESが遅れますが・・・

(2−2)
|何度も書き込みましたが、盧溝橋事件(1937,7,7)以前から、中国と米国は軍事協力態勢にあったのです。
|そして、先に双方から日本は攻撃を受けたのです。ですから、間違いなく自衛戦争なのです。
|盧溝橋事件以後に、南京占領(1937,12,13)、その後、真珠湾攻撃(1941,12,8)となるのです。

ちなみにアメリカから、「日本軍への、先制 SNEAK ATTACK」
って何時どこの事件ですか?

(2−3)
満州建国が中国への侵略であったら、それ以後の中国軍の戦いは
自衛の範疇に入り、したがって、
日本への攻撃に対する「日本の自衛戦争」とはならないですね。
わたしは この間の議論のために 百歩譲って、
「満州建国がアジアの大義によって是認される余地があったとして」
という前提で、議論をしようとしたのですが、応じていただけませんでした。

(2−4)
「満州建国は即ち中国への侵略である」ではかならずしもなかったとしても、
既存の国境(国際秩序)への侵犯でああったことは間違いなく、
イラクのクウェート侵攻へのアメリカの対応と同じことを、
アメリカがしたとしても、日本への一方的攻撃にはならない。

以上のように、「ですから、間違いなく自衛戦争なのです。」
という主張はどうも説得力皆無ですね。

(5−2)
|ちなみに、ジョン・ボイドさんとは、どこかの掲示板で議論し、論破した記憶があるな。

いつどこか明確に証拠を挙げてください。
「事実」にしかこだわれないあなたには簡単でしょう。
                 野原燐   

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トピック= 3008 宛先= 3065 同宛先= 返信= 3075
 
Subject 自衛戦争?
Author 佐々木 寛 [ 3065 to 野原燐 ]  5/25/Sun/2003  日出づる国の民 www1.odn.ne.jp/~cak23720/

何度も書き込みましたが、盧溝橋事件(1937,7,7)以前から、中国と米国は軍事協力態勢にあったのです。
そして、先に双方から日本は攻撃を受けたのです。ですから、間違いなく自衛戦争なのです。
盧溝橋事件以後に、南京占領(1937,12,13)、その後、真珠湾攻撃(1941,12,8)となるのです。

それから、2CH、グースさんのサイトの議論を精読して御覧なさい。「南京大虐殺」が虚構だと明白に論証されています。
ちなみに、ジョン・ボイドさんとは、どこかの掲示板で議論し、論破した記憶があるな。

返信(引用有)   返信(引用無)   全スレッド   ツリー表示   最新20   新規投稿   削除   編集
トピック= 3008 宛先= 3064 同宛先= 返信= 3074
 
Subject 自衛戦争?
Author 野原燐 [ 3064 to 佐々木 寛 ]  5/25/Sat/2003   members.tripod.co.jp/noharra/

(4)南京攻略についてですが、
1937.11.18に第十軍の柳川軍司令官が、上司の命令無しに、
「南京に敵を追撃せよ」と命じたのが発端、だそうです。
追撃しなければ、日本が脅かされるという情況はなかったように
思われます。したがって「自衛戦争」ではない。

(4−2)南京攻略は確かに短期間で首都を陥落させました。
軍事的勝利でしょう。しかし何の政治的勝利も得られませんでした。
蒋介石と和平交渉をやっていました。トラウトマン工作。
南京を陥落させたと言って、広田外相は、さらに条件をきびしくしました。
これが日中戦争終結の最大のチャンスでした。だが蒋介石は
厳しくした条件をのむことは出来ないと拒否しました。
さて条件とは、
・いま現に占領している地域への日本軍の駐兵認める
・北支五省の経済特権を日本に認める
などです。  これが自衛戦争ですか?

(5)「南京市の人口が増えた」はデマだ、と下記のサイトでは言っている。
http://www5.tok2.com/home/JOHNVOID/nakkin_faq_ans2.html

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トピック= 3008 宛先= 3063 同宛先= 返信= 3065
 
Subject 野原さんへ
Author 佐々木 寛 [ 3063 to 佐々木 寛 ]  5/24/Fri/2003  日出づる国の民 www1.odn.ne.jp/~cak23720/

「南京大虐殺の虚構」という、2CH、グースさんのホームページがあります。

大変参考に成るので、よかったら読んでみては? 下記URLです。

http://www5b.biglobe.ne.jp/~nankin/index.html

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トピック= 3008 宛先= 3062 同宛先= 返信= 3064
 
Subject 野原さんへ
Author 佐々木 寛 [ 3062 to 野原燐 ]  5/24/Fri/2003  日出づる国の民 www1.odn.ne.jp/~cak23720/

右翼というのは多義的であり厳密な定義は不可能だという主旨の投稿を先にしてるでしょ。

それから、伝統を尊重すること全てが、イコール右翼というのは短絡的だと思いますけどね。

それよりは、国家社会主義、イコール右翼の方が適切でしょ。

ちなみに、ドイツでは、ファシズムという言葉は余り使われず、もっぱらナチズム(国家社会主義)という言葉を同様の意味で使っているようですよ。

返信(引用有)   返信(引用無)   全スレッド   ツリー表示   最新20   新規投稿   削除   編集
トピック= 3008 宛先= 3061 同宛先= 返信= 3063
 
Subject 野原さんへ
Author 野原燐 [ 3061 to 佐々木 寛 ]  5/24/Fri/2003   members.tripod.co.jp/noharra/

こんにちは
(1)|「聖戦」という位置づけ抜きには存在しえない戦争だったのです。
|したがって、5年も10年も広大な大陸に大軍を展開ししかも勝てなかった。
|それだけでもって充分、皇軍の闘いは合理化しえないのです。

という野原の主張に対し、
|先に、中国と米国から攻撃されていたのですから、大東亜戦争は、当然、自衛戦争です。(佐々木)

佐々木さんは、
「聖戦」という位置づけ抜きでも、存在することのできる戦争だった、という意見
のようですね。ふーむ。

(1−3)
|そういう理想も唱えられたということであり、それだけで戦ったものではないでしょう。
その理想に照らして、日中戦争の全経過は特段恥ずべきものではないと、
思われるのか、それとも「その理想」という前提自体を採用しないのか、
どちらでしょうか?

(2)>その場合、いまでいう北朝鮮のその外側(中国)との国境が、
>日本の国境だったのでしょうか。それとも満州のそれが該当す
>るのでしょうか?(野原)

この答えもありませんがまあいいでしょう。

(1−2)
|ちなみに同書には、日本の右翼の思想性に注目すると、近代的な国家社会主義派と|伝統派という二つの潮流が
|有ると述べています。
|ですから、私の定義としては、右翼=国家社会主義者なのです。別に、常識はずれ|ではありません。

あのお〜、ひとと議論するときは、ベン図の書き方ぐらい勉強してから、にした
ほうが良いですよ。
佐々木さんは「カレー+ライス」を頼んで、「ライス」だけでてきても
納得するのですか?
                  野原燐
なお、東京裁判についてはまた書きたいと思っています。

(3)|野原さん、貴方は洗脳されているのです。
あっは!

返信(引用有)   返信(引用無)   全スレッド   ツリー表示   最新20   新規投稿   削除   編集
トピック= 3008 宛先= 3058 同宛先= 返信= 3062
 
Subject 野原さんへ
Author 佐々木 寛 [ 3058 to 野原燐 ]  5/20/Mon/2003  日出づる国の民 www1.odn.ne.jp/~cak23720/

こんにちは

>どうもわたしとは事実認識が違うようですね。

おそらく、野原さん、貴方は洗脳されているのです。

>例えば「マルクス主義」という言葉の使い方にも違和感を持ち
>ました。

どんな違和感?

>佐々木さんにとって、右翼とは国家社会主義者のことなのです
>ね。
>そういう言葉の使い方は、常識はずれです。


小学館の『日本大百科全書』によると、基本的に右翼というのは多義的な言葉で、厳密に定義するのは困難だそうです。
そして言葉の由来は、フランス革命期の国民公会の議席の位置からのもので、議長席から見て左翼が急進・ジャコバン派、右翼を穏健・ジロンド派が占めたところから来たとあります。
これだと穏健派が右翼ということですね。
ちなみに同書には、日本の右翼の思想性に注目すると、近代的な国家社会主義派と伝統派という二つの潮流が有ると述べています。
ですから、私の定義としては、右翼=国家社会主義者なのです。別に、常識はずれではありません。

>侵略戦争を否定するということは自衛戦争ということでしょう
>か?

先に、中国と米国から攻撃されていたのですから、大東亜戦争は、当然、自衛戦争です。

>その場合、いまでいう北朝鮮のその外側(中国)との国境が、
>日本の国境だったのでしょうか。それとも満州のそれが該当す
>るのでしょうか?

歴史と地理の専門家ではありませんが、漢民族の土地というのは、伝統的に万里の長城の南側だとされています。
西は四川省あたりでしょうか。もちろん、チベットは違います。
南はベトナムの北あたりかな。大まかですが、そんなところでしょう。

>佐々木さんは現在、どの線が日本の国境であるべきだとお考え
>なのでしょうか?(野原)

日本列島と付属島嶼(北方四島含む)です。

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トピック= 3008 宛先= 3057 同宛先= 返信= 3061
 
Subject 戦争とは、戦って死ぬことである。
Author 野原燐 [ 3057 to 佐々木 寛 ]  5/19/Sun/2003   members.tripod.co.jp/noharra/

佐々木さん   こんにちは
(1)
||先の戦争は<大東亜の理想>をかかげて戦ったものである。しかるに
||そう語ることを禁じるものがいる。と考えるのが「東京裁判史観批判派」
||というものなのでしょう? 違うの?

|それから少ししてアメリカは、中国とグルに成って、中立義務に違反してまで、
|日本軍に対して先制SNEAK ATTACK≠
|行ったのです。

どうもわたしとは事実認識が違うようですね。
あなたのサイト訪問しましたが、
例えば「マルクス主義」という言葉の使い方にも違和感を持ちました。

(1−2)
|まず私は、右翼(国民社会主義者)では有りませんし、

佐々木さんにとって、右翼とは国家社会主義者のことなのですね。
そういう言葉の使い方は、常識はずれです。

(2)
|侵略戦争を否定するということは自衛戦争ということでしょうか?
|その場合、いまでいう北朝鮮のその外側(中国)との国境が、日本の国境だった
|のでしょうか。それとも満州のそれが該当するのでしょうか?
|佐々木さんは現在、どの線が日本の国境であるべきだとお考えなのでしょうか?(野原)

私の質問に答えてもらっていません。

                野原燐

返信(引用有)   返信(引用無)   全スレッド   ツリー表示   最新20   新規投稿   削除   編集
トピック= 3008 宛先= 3054 同宛先= 返信= 3058
 
Subject 戦争とは、戦って死ぬことである。
Author 佐々木 寛 [ 3054 to 野原燐 ]  5/12/Mon/2003  日出づる国の民 www1.odn.ne.jp/~cak23720/

『(1)右翼なら<大東亜の理想>がどっちを向いているのかをよっく考えて発言してください。という野原の発言に対し、わたしは右翼でも左翼でもない、と解答されたが、ピントがずれている、と思います。』(野原さん投稿から)

ピントが外れているのは、野原さん貴方の方でしょう。
先に「(1)右翼なら」という前提条件を付けたのは貴方の方です。
ですから、国家社会主義者(右翼)ではない私は、その前提条件に当てはまりません。当然のことです。

『先の戦争は<大東亜の理想>をかかげて戦ったものである。しかるにそう語ることを禁じるものがいる。と考えるのが「東京裁判史観批判派」というものなのでしょう? 違うの?』(野原さん投稿から)

そういう理想も唱えられたということであり、それだけで戦ったものではないでしょう。
大東亜戦争以前に「人種差別撤廃」の理想を、日本は国家として国際会議で主張していますが、当時、人種差別国家であったアメリカの強硬な反対にあっています。
それから少ししてアメリカは、中国とグルに成って、中立義務に違反してまで、日本軍に対して先制SNEAK ATTACK≠行ったのです。
そして、盧溝橋事件、真珠湾攻撃となるのです。ですから、侵略戦争ではありません。

また、いわゆる「東京裁判」というのは、純粋に、冤罪で裁かれたものであり、さらに近代法の原則である「罪刑法定主義」を全否定するものだから批判されているのです。
日本以外の法律の専門家も批判しています。
簡単に言えば、罪をデッチ上げたデタラメな「魔女裁判」でしかないから、批判されているのです。

最後に、歴史的に満洲は、漢民族の土地ではなく、満洲民族(女真)の土地です。
ちなみに、清朝というのは、満洲民族がシナ(中国)を侵略して興した王朝です。

はっきり言えば、ここで答えたことは、ほとんど私の論文に書いてあることですから、私にとって二度手間でしかありません。
野原さん。一度、私のHPに掲載している論文を読んでみて下さい。その上で、議論しましょう。

私のサイトの掲示板へどうぞ。

http://www1.odn.ne.jp/~cak23720/

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トピック= 3008 宛先= 3053 同宛先= 返信= 3057
 
Subject 戦争とは、戦って死ぬことである。
Author 野原燐 [ 3053 to 佐々木 寛 ]  5/11/Sun/2003   members.tripod.co.jp/noharra/


 戦争とは、戦って死ぬことである。
あるいは、
戦争とは、兵士にとって(例えそれが十中八九負け戦であっても)(まじめに)戦って
死ぬかもしれなくても戦い続けることである。
当然兵士にも色々な考え方の持ち主がいる。ぼろぼろでずぶぬれ
飢えて戦傷しながらそれでも戦って死んでいった日本兵に対し、彼らの生き方(死に方)
をほんの少しでも軽んじる言説は、戦後になってから戦中の現実を無視したものの言い方
であり、死んでいった兵士たちのことを少しでも考えるのなら到底許されない。

いわゆる右翼的な発想の根拠にはこのような感じ方があるのだろうと思う。それは
理解できる。というか、浅薄な左翼(のようなモノ)であるわたしは、たまたま
、いま古山高麗雄の『断作戦』という文春文庫を読んで、(まだ途中だが)そのように
始めて思うことができた。

というわけで佐々木さん、よかったらこの文春文庫読んでみてください。
日本兵が勇猛に戦っています。

さて、佐々木さん    ずいぶん時間が空いてしまいました。

(わたしとしては対話は何年でも継続してもいいと思ってはいるのですが・・・
イストランさんのサイトだしね・・・)

さて、今回は2点だけ。

(1)|右翼なら<大東亜の理想>がどっちを向いているのかをよっく考えて
|発言してください。

という野原の発言に対し、わたしは右翼でも左翼でもない、と解答されたが、
ピントがずれている、と思います。
先の戦争は<大東亜の理想>をかかげて戦ったものである。しかるに
そう語ることを禁じるものがいる。と考えるのが「東京裁判史観批判派」
というものなのでしょう? 違うの?

(2)|そして、大東亜戦争は、盧溝橋における中国がわの攻撃から始まったものです。(略)

|日本の侵略戦争だというのは、真っ赤な嘘(デマ宣伝)なのです。

侵略戦争を否定するということは自衛戦争ということでしょうか?
その場合、いまでいう北朝鮮のその外側(中国)との国境が、日本の国境だった
のでしょうか。それとも満州のそれが該当するのでしょうか?
佐々木さんは現在、どの線が日本の国境であるべきだとお考えなのでしょうか?

                     野原燐

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トピック= 3008 宛先= 3050 同宛先= 返信= 3054
 
Subject 野原さんは、基本的なことが分かっていない。
Author 佐々木 寛 [ 3050 to 野原燐 ]  4/30/Wed/2003  日出づる国の民 www1.odn.ne.jp/~cak23720/

まず私は、右翼(国民社会主義者)では有りませんし、左翼(共産主義者)でも有りません。

そして、大東亜戦争は、盧溝橋における中国がわの攻撃から始まったものです。
実は、それ以前から、アメリカと中国は、軍事的な協力関係にあり、グルになって日本への攻撃を行っていたのです。
アメリカは、中立(外国の紛争に加担しないこと)を宣言しながら、真珠湾攻撃の10年以上前から(当然、盧溝橋攻撃以前から)、日本軍への、先制 SNEAK ATTACK を行っていたのです。

日本の侵略戦争だというのは、真っ赤な嘘(デマ宣伝)なのです。

講談社学術文庫『パル判決書/上/下』など読んで見て下さい。

ついでに云うと、大戦後中国は、チベットを侵略しただけではなく、インドへも軍事攻撃をしかけたり、ベトナムや台湾にも軍事攻撃を仕掛けています。
さらに、カンボジアでは、ポルポトを操っていました。

ことほど左様に、アジアで紛争を起こしてきたのは、中国共産党(左翼)政権なのです。

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トピック= 3008 宛先= 3049 同宛先= 返信= 3053
 
Subject 左翼のデマ宣伝
Author 野原燐 [ 3049 to 佐々木 寛 ]  4/30/Wed/2003   members.tripod.co.jp/noharra/

佐々木さん
|ほとんどが、デマです。まぁ、嘘の「証言」なら、どんなデタラメの嘘でも、でっちあげられるという、
|見本ですね。

左翼がプロヂュースしたからそれはデマだと。
それだと「資本家の犬の言っていることだから虚偽だ!」という
スターリニストの言い方と何も違わない気がしますが?!

前にも書いたように、
南京で死んだのが何人であっても、日本のやったことがアジア解放の大義の
逆さまであることは事実です。ところがそれを認められない人がたくさんいる
というわけですね。

満州事変はアメリカの今回のイラク侵攻に似ています。
短期間で圧倒的な勝利を得たからこそなんとか合理化できる可能性が
あるわけです。その後の支那事変も、イストランさんが引用されたように、

| 支那事変は友隣相撃ちて莫大の生命を喪滅す 実に千歳の悲惨事なり。
|然りと雖、是所謂東亜民族救済の聖戦たり。

「聖戦」という位置づけ抜きには存在しえない戦争だったのです。
したがって、5年も10年も広大な大陸に大軍を展開ししかも勝てなかった。
それだけでもって充分、皇軍の闘いは合理化しえないのです。
右翼なら<大東亜の理想>がどっちを向いているのかをよっく考えて
発言してください。

             野原燐

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トピック= 3008 宛先= 3047 同宛先= 返信= 3050
 
Subject 左翼のデマ宣伝
Author 佐々木 寛 [ 3047 to 佐々木 寛 ]  4/30/Tue/2003  日出づる国の民 www1.odn.ne.jp/~cak23720/

以下は、http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Himawari/9729/からのものです。


1)1938.1.3上海発 1.4付 ニューヨークタイムズ 記事 引用

「元支那軍将校が避難民のなかに−−−大佐一味が白状、南京の犯罪を日本軍のせいに」  南京の金陵女子大学に、避難民救助委員会の外国人委員として残留しているアメリカ人教授たちは、逃亡中の大佐一名とその部下の将校6名を匿っていたことを発見し、心底から当惑した。実のところ教授たちは、この大佐を避難民キャンプで二番目に権力ある地位につけていたのである。
 この将校達は、支那軍が南京から退却する際に軍服を脱ぎ捨て、それから女子大の建物に住んでいて発見された。彼らは大学の建物の中に、ライフル六丁とピストル五丁、砲台からはずした機関銃一丁に、弾薬をも隠していたが、それを日本軍の捜査隊に発見されて、自分達のものであると自白した。
 この将校達は、南京で掠奪したことと、ある晩などは避難民キャンプから少女たちを暗闇に引きずり込んで、その翌日には日本兵が襲ったふうにしたことを、アメリカ人たちや他の外国人達の居る前で自白した。
 この将校達は逮捕された。戒厳令に照らして罰せられ、恐らく処刑されるであろう。

以上、東中野修道先生著 展転社 南京虐殺の徹底検証 p275 より抜粋引用

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トピック= 3008 宛先= 3046 同宛先= 返信= 3049
 
Subject 左翼のデマ宣伝
Author 佐々木 寛 [ 3046 to イストラン ]  4/29/Tue/2003  日出づる国の民 www1.odn.ne.jp/~cak23720/

従軍慰安婦の強制連行というのは、日本大学の秦郁彦教授が、韓国へ聞き取り調査に出かけて調べた結果、そのような事実は無く、まったくの嘘であったことが判明しています。

それから、いわゆる「南京大虐殺」というものも、事実として日本軍占領中に南京市民の人口が増えている以上、虚構でしかありません。
また、中国兵が、日本兵に成り済まして事件を起こしていた事実も判明しています。

さらに、「三光」についても、紹介したサイトの通り、嘘であることが判明しています。

ほとんどが、デマです。まぁ、嘘の「証言」なら、どんなデタラメの嘘でも、でっちあげられるという、見本ですね。

ただし、中国共産党(左翼)政権による、チベット侵略は事実ですし、チベット市民の大虐殺も事実です。
そういう事があったから、ダライ・ラマは、インドへ亡命せざるを得なかったのです。

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トピック= 3008 宛先= 3045 同宛先= 返信= 3047
 
Subject 泣いて怒った司令官
Author イストラン [ 3045 to イストラン ]  4/29/Mon/2003   

 南京大虐殺などなかったとしたい人たちは、この司令官の態度をどう受け取るのか。爆薬をしかけた連中と同じような反応になるのだろうか。

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トピック= 3008 宛先= 3044 同宛先= 返信= 3046
 
Subject 泣いて怒った司令官
Author イストラン [ 3044 to 佐々木 寛 ]  4/29/Mon/2003   

>http://www.asahi-net.or.jp/~ku3n-kym/doyoyon/doyoyo8.html

 このサイトの主旨はわかったのですが、内容的に一点突破主義で、不十分という感じです。まあわたしなどはまったく知らないも同然ですから、これから書いていくことも、一点突破主義かそれ以下のものですけど。

 まずこの部分。

 「鈴木啓久中将の供述書というのには、従軍慰安婦の強制連行を命令したとか、中国人民への残虐行為を命令したなどとある。
全く「噴飯モノ」としか言いようがない。なにが嬉しくて師団長自らが、兵の下半身の疼きに心を砕かなければならないのだ。
こんなものに飛び付くマスコミも無知丸出しだが、売り込んだジャーナリストというのも浅ましい。」

 当時の司令官である松井大将に関する記述が『証言記録 三光作戦』にありますから、ちょっと長いけれど引用してみましょう。

*************************************************

以下は、『証言記録 三光作戦』(森山康平、昭和五十年、新人物往来社)より


7 A級戦犯として処刑された松井石根大将と観音菩薩像

 南京攻略の最高司令官松井石根大将は、一九三八(昭和十三)年二月帰国した。その二年後の一九四○年二月二十四日、松井大将を願主とする観音菩薩像の開眼式が、静岡県熱海市伊豆山鳴沢山で行なわれた。この観音菩薩(高さ三・三メートル)は「興亜観音」と名づけられた。興亜観音は、現在も熱海の海を見おろせるこの高台の岩の上に合掌印の姿勢を保っている。松井大将の自筆という「興亜観音縁起」が石に刻まれて、石碑として残っている。短文なので全文を紹介しよう。

 支那事変は友隣相撃ちて莫大の生命を喪滅す 実に千歳の悲惨事なり。然りと雖、是所謂東亜民族救済の聖戦たり。惟ふに此の犠牲たるや身を殺して大慈を布く無畏の勇、慈悲の行、真に興亜の礎たらんとする意に出でたるものなり。予大命を拝して江南の野に転戦し、亡ふ所の生霊算なし。 洵(まこと)に痛惜の至りに堪へず。茲(ここ)に此等の霊を弔ふ為に、彼我の戦血に染みたる江南他方各戦場の土を獲り、施無畏者慈眼視衆生の観音菩薩の像を建立し、此の功徳を以て永く懇親平等に回向し、諸人と倶に彼の観音力を念じ、東亜の大光明を仰がん事を祈る。

 一読してもよくわからないのは、日中戦争の見方がわたしたちとまるで異なるからである。結局、中国に戦争をしかけたのは東亜を救済する聖戦であったが、戦場では多くの人間が死んだ。その霊を弔うために観音像を建て、観音の力で東亜に平和がくることを祈りたい、という意味であろう。松井大将の念頭には、南京での残火行為があったのかどうかは、これだけではよくわからない。観音像の立っている同じ敷他内には、本堂が建てられ、その祭壇には、
    右   日本国民戦死者霊牌
   中央   観音昔薩(五分の一縮尺) 松井将軍部下戦死霊名
    左   中華民国戦死者霊牌
が祭祀されている。その両側には星一氏(作家、星新一氏の父)の寄贈した竹の表に刻まれた観音経が打ちつけてある。参拝者の休憩する茶店風の家には南京市の全景図、南京攻略の前線の兵士の図がかけてあり、中央の壁には「身にあまる重荷なりとも国のため人のためには身はいとわらざらなん」という明治天皇の御製が大書してかけてある。昭和十五年、ある霊感に導かれて、高村光雲製作の観音像を背負って東京からこの興亜観音にやってきた伊丹キヌ(当時二十九歳。現在六十四歳)さんは、この御製につづけて「世界平和のためにナムミョーホーレソゲキョー」と唱えつづけてぎた。その供養を三五年間もつづけてぎたのは、松井大将の「どうか頼む」の一言が耳朶(たぶ)にこびりついているからだという。キヌさんは「大将は南京から凱旋されたときは、たいへん、しおれていらしたと聞いています。私どもにも、残念であったと繰り返しておられました。虐殺とか、いろいろあったそうですから」と語ってくれた。キヌさんの口から「虐殺」という言葉を聞けるとは思っていなかったが、これによって南京攻略の最高司令官がどういう心境でこの観音像を建てたか、少しわかった。
 松井大将は、一九四六(昭和二十一)年三月一日、鳴沢山の自宅から米軍MPに連行され、極東軍事裁判のA級戦犯として絞首刑を宣告された。判決後、巣鴨拘置所の教誨(きょうかい)師をしていた花山信勝氏に次のように語っている。(詳細は花山信勝著『平和の発見』参照)

  「南京事件ではお恥しい限りです。南京入城の後、慰霊祭の時に、シナ人の死者も一しょにと私か申したところ、参謀長以下何も分らんから、日本軍の士気に関するでしょうといって、師団長はじめあんなことをしたのだ。私は日露戦争の時、大尉として従軍したが、その当時の師団長と、今度の師団長などと比べてみると、問題にならんほど悪いですね。日露戦争の時は、シナ人に対してはもちろんだが、ロシア人に対しても、俘虜の取扱い、その他よくいっていた。今度はそうはいかなかった。政府当局ではそう考えたわけではなかったろうが、武士道とか大道とかいう点では、当時とは全く変っておった。慰霊祭の直後、私は皆を集めて軍総司令官として泣いて怒った。その時は朝香宮もおられ、柳川中将も方面司令官だったが、折角皇威を輝かしたのに、あの兵の暴行によって一挙にそれを落してしまった、と。ところが、このことのあとで、みなが笑った。甚だしいのは、或る師団長の如きは『当り前ですよ』とさえいった。従って、私だけでもこういう結果になるということは、当時の軍人達に一人でも多く、深い反省を与えるという意味で大変に嬉しい。折角こうなったのだから、このまま往生したいと思っている」


 大虐殺の事実を認めるとともに、その責任が自分をはじめとする指揮官にあることを認めている。これは、昭和三十二年に発表された『松井石根日誌』でも同様である。

 死刑の執行は、昭和二十三年十二月二十三日であった。米軍は、刑死したA級戦犯七人の遺骨をいっさい日本側へ渡さない方針をとったが、関係者は火葬場にもぐりこみ、誰のものとも見分けがつかなくなっていた遺骨をわずかばかりかき集め、持ち出すことに成功した。占領中ひそかに、興亜観音の近辺に埋めた。一九五九(昭和三十四)年、彼ら七人のA級戦犯のために石碑が同じ敷地に建てられた。「七士之碑」とだけ簡単に刻まれたが、その書は元首相、吉田茂が筆をとった。
 キヌさんの話によると、戦争中は参拝者が毎日のようにあったそうで、なかなか賑やかであったらしい。そして戦争に負けると、けわしい表情の参拝者がふえた。ナタを持ちこんで本堂の前においてある賽銭箱をきずつけ、ひっくり返す人もいた。そのときのきずがいまでも残っている。キヌさんらを追いかけて、殺してやるとわめぎちらす乱暴者も何人かいた。キヌさんらはモンペをはいて、いつでも身軽に動けるように防御のくふうをした。「あのころは、私もいちばん心が動揺していた」と、キヌさんは微笑した。

  「昭和四十六年十二月十二日午後九時五八分」と、キヌさんは眼をとじて記憶をたどるように日時を暗誦した。この時刻に、「七土之碑」に仕掛られた爆弾が作裂した。作製したのは一発だけだったが、興亜観音の碑の隣に建立されている「大東亜戦殉国刑死一〇六八霊位供養」と刻まれた石碑などにも、都合四発が仕掛けられていた。三発は不発であった。被害にあった「七士之碑」は、接着剤を使って復元された(昭和五十年五月、この事件はいわゆる「狼グループ」の犯行であることが判明した。)

 考えて入ると、興亜観音は不思議な産物である。「七士之碑」や、その他の戦犯刑死者の供養碑が据えられることによって、ますますその不思議さをましたように思える。加害者と被害者が、加害者の立場から東亜の礎と規定されるような格好で、勝手に位置づけられている。残虐行為を受けた被害者の立場からすれば、これほど理不尽で侮辱的な仕打ちはなかろうと思われる。たしかに、私たちの日常生活でも、よかれと思ってやってくれる人にときどきぶつかるものである。それは自分にとっては迷惑先万なことであり、ときには著しくプライドをきずつけられるときもある。そういうときに、相手にその「親切な行為」をやめさせる努力をしなければならないが、相手が意志強固であればあるほど、「誤解」を納得させることは難儀である。そして、ついに誤解を解きえない場合は、その相手を傲慢無礼で他人の気持を察しえない無神経な一人よがりの利己主義者としてきめつけざるをえない。松井大将の建てた興亜観音をみていると、そういう連想を禁じえない。興亜観音や諸供養碑を参拝することは南京大虐殺を自覚するよりも「国に殉じた将兵・文官」への哀悼の意を真っ先に表明せざるをえない装置になっている。まことに不思議なことといわなければならない。
 

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トピック= 3008 宛先= 3043 同宛先= 返信= 3045
 
Subject Re7: 『本家本元の手記「三光」自体がウソだったことが判明した。』
Author 佐々木 寛 [ 3043 to 野原燐 ]  4/28/Mon/2003  日出づる国の民 www1.odn.ne.jp/~cak23720/

『本家本元の手記「三光」自体がウソだったことが判明した。』

http://www.asahi-net.or.jp/~ku3n-kym/doyoyon/doyoyo8.html

イストランさん 野原さんへ

上記URLのサイトは、結構有名だと思いますが、ご存知なければ、ご覧下さい。表題の通りです。

それから、右翼というのは、普通、国民社会主義者のことだと思いますよ。典型は、ナチです。

広辞苑には、「ドイツで、国民社会主義者の略称。」とあります。

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トピック= 3008 宛先= 3042 同宛先= 返信= 3044
 
Subject Re6: 『証言記録 三光作戦』 南京大虐殺とは
Author 野原燐 [ 3042 to イストラン ]  4/28/Sun/2003   members.tripod.co.jp/noharra/


イストランさん  久しぶりにお話しできて嬉しいです。
私のサイトの文を読んでいただいて、ありがとうございます。

|しかし、戦争時における残虐行為に対しては、これをし
|かたがないとか言って許してしまうのが右翼であるという感じ。これは右よりの人に聞いてみたいのですが、どうし
|て善も悪も国境はないのだという観点に立てないのであろうか。なぜ日本という表象とこれほどまでに合体しようと
|するのか。

わたしたちの時代はまだまだ国家とその幻想という怪物を始末できるレベル
には至っていないようですね。先日は金正日一派に拉致された人たちのことでマスコミが
大騒ぎしていましたが、問題が起こってから20年ほど自分たちが気づかなかった(あるいは
少しおかしいなと思ってもあえて取り上げなかった)ことにはほおかむりしています。
無垢で純潔の日本人であってもふとした偶然で国境の狭間に落ち込めば、国家は
振り向いてはくれないのだ、ということが、彼/彼女らの悲劇から得られる第一の
教訓だと思います。だけどマスコミはそうは報じませんね。

                     野原燐

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トピック= 3008 宛先= 3041 同宛先= 返信= 3043
 
Subject Re5: 『証言記録 三光作戦』 南京大虐殺とは
Author イストラン [ 3041 to 野原燐 ]  4/26/Sat/2003   

 野原さん、こんばんは。

>野原燐といいます。ずっと前、某**ソですれ違っていましたが覚えておられますか。

 ええおぼえております。 野原さんのサイトにある「悔悛」の記述は胸を打ちます。

 それにしても、不思議なのですね。私たちは同じ日本人でも、通り魔の残虐な犯行には怒りを覚えて、こんな奴等は許すことができないとなるのは、右も左も同じでしょう。しかし、戦争時における残虐行為に対しては、これをしかたがないとか言って許してしまうのが右翼であるという感じ。これは右よりの人に聞いてみたいのですが、どうして善も悪も国境はないのだという観点に立てないのであろうか。なぜ日本という表象とこれほどまでに合体しようとするのか。

返信(引用有)   返信(引用無)   全スレッド   ツリー表示   最新20   新規投稿   削除   編集
トピック= 3008 宛先= 3037 同宛先= 3039 返信= 3042
 
Subject Re6: 『証言記録 三光作戦』 南京大虐殺とは
Author 野原燐 [ 3040 to 佐々木 寛 ]  4/26/Fri/2003   members.tripod.co.jp/noharra/

佐々木さん   ご返事ありがとう。
貴論文はいずれも長大なもののようで、落ち着いたらよませていただける(かも)
と思っています。
とりあえず。次の部分を読んでみました。

|さらに日本に対しては、冤罪を着せた魔女裁判としか言いようの無い東京裁判にお|いて、アメリカを筆頭とする旧連合国によ
|り、事後法が適用され有罪≠ニされてもいるのです。事後法で裁くことが出来る|というのは、裁く側が、裁かれる者に対
|し、恣意と専横を振る舞うことと同じであり、まったくもって、リンチ以外の何物|でもありません。しかも、事後法が適用された
|と言うことは、遡及処罰が出来ると言うことである以上、欧米白人の犯した植民地|侵略における先住有色人種の大量虐殺
|や黒人奴隷の人身売買など、人種差別に基づく、これ以上は無いと思えるほどの数|百年間に亙る人類史上の大罪に対して
|も、『人道と平和に対する罪』を適用し、当然、いつか裁かれるべきでしょう。

引用の特に後段の部分に強く賛成します。

わたしの文章のurlも書いておくのでお暇なら読んでみてください。
http://members.tripod.co.jp/noharra/dai.htm

                 野原燐

返信(引用有)   返信(引用無)   全スレッド   ツリー表示   最新20   新規投稿   削除   編集
トピック= 3008 宛先= 3039 同宛先= 返信=
 
Subject Re5: 『証言記録 三光作戦』 南京大虐殺とは
Author 佐々木 寛 [ 3039 to 野原燐 ]  4/26/Fri/2003  日出づる国の民 www1.odn.ne.jp/~cak23720/

こんにちは 野原さん
  
貴方への返信として、下記サイトにある私の論文を提示しますので、どうぞ、読んでみて下さい。
  
http://www1.odn.ne.jp/~cak23720/sh.thesis.hp-index.html
  
http://www1.odn.ne.jp/~cak23720/sh.review.hp-index.html

返信(引用有)   返信(引用無)   全スレッド   ツリー表示   最新20   新規投稿   削除   編集
トピック= 3008 宛先= 3037 同宛先= 3041 返信= 3040
 
Subject Re4: 『証言記録 三光作戦』 南京大虐殺とは
Author 野原燐 [ 3037 to 佐々木 寛 ]  4/24/Wed/2003   members.tripod.co.jp/noharra/

イストランさん

野原燐といいます。ずっと前、某**ソですれ違っていましたが覚えておられますか。

さて、
| 南京大虐殺については、新しい本もあって、そこには100人以上の聞き取りが書かれてあります。

についてですが、これは『南京戦−−閉ざされた記憶を尋ねて』社会評論社
のことですね。
高い本を買ったのに、めくっても見てなかったので、ちょっと見てみました。

p19から、インタビュアー松岡さんの文章を引用して見よう。
−−−−−−−−−−−
 ほとんどの老人たちは、「もう昔のことで忘れたわ。話すことなんて何もないで」と決まつたように同じ返事を返してきた。辛いことだったからとか、戦争の話はしたくもないとただちに断られることもあった。何人かの元兵士たちへの訪問の回数を重ねるうちに私たちは、いきなり訪ねていく方法をとった。この方が断られることもなく、話にとりかかることができた。元兵士が、徐州戦や大別山の攻略(南京戦のすぐ後の、一九三八年春から秋の作戦)は詳細に語れても、南京での実体験を語るかどうかは、心理的なかけひきも必要であった。
 聞き取り調査を進めるうちにわかったことがあった。それは南京戦に参加した元兵士の多くが、南京での体験は、家族にも話していなかったことである。捕虜を突き殺したり、焼き殺す場面を話していたとき、突然、家族が聞き取りを中断することがあった。また、こんな話をしたら息子に叱られるからと再度の訪問を断ってくることがあった。反面、一人で暮らしていたり、妻との二人暮らしで家族に気を遣わなくてもよい老人は、言葉を選びながらも話をしてくれた。また、戦友とのつながりもなく戦友会に参加していない人も、制約をあまり感じずに話すことができたようだ。私たちの急な訪問であっても、聞き取っていくうちに当時を思い出し、地名や年月も記憶していて生き生きと話してくれるのには驚いてしまった。記憶力の旺盛な若い時、しかも戦争という非日常的な下での「南京」は、老人たちの脳裏に鮮明に焼きついていたといえる。
 南京大虐殺事件から六十年以上を経過した今も、この事件にかかわった多くの元兵士たちにとっては、見聞きしたことや直接手を下したことを語るのはタブーとなっている。「日本は侵略戦争をしなかった」「南京大虐殺なんてなかった。虐殺行為はあったにしても、戦争だからそれは一部のことである」などの主張が、日本国内で現在も声高に叫ばれている。
−−−−−−−−−−−

 なんでそういうことになるかというと、要は大東亜戦争の総括ができてない
からですね。アジアの解放という輝かしい大義を掲げて華々しく戦争をはじめたは
いいが、負けた。負けただけではなく日本のやったことはアジア人差別に満ちた、
(武器を(あまり)もたない)アジア人の大量虐殺その他であった。
南京で死んだのが何人であっても、日本のやったことがアジア解放の大義の
逆さまであることは事実です。ところがそれを認められない人がたくさんいる
というわけですね。
                   野原燐

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トピック= 3008 宛先= 3021 同宛先= 返信= 3039 3041
 
Subject Re3: 『証言記録 三光作戦』 南京大虐殺とは
Author 佐々木 寛 [ 3021 to イストラン ]  4/12/Fri/2003  日出づる国の民 www1.odn.ne.jp/~cak23720/

『そしてこれについて何らか中国が政治的プロパガンダを行ったということももちろんあるとは思いますが、「かなり多くの人が虐殺された(つまり通常の戦闘行為ではなく、異常な殺人)」ということも真実であったと想像してます。』(イストランさん投稿から)

ある裁判において、伝聞を基にした証拠を、ほとんど検証もせずに真実であると認め、死刑にされたら、とんでもないことだとは思いませんか? 

ちなみに、当時、中国兵が日本兵に成り済まし、南京において暴行事件を働いていたという事実もあるのです。
ですから、服装が日本兵のものだということで、日本兵の仕業であるとは断言できないのです。

私は、現在の米軍が侵攻しているバグダットにおけると同等程度の、民間人の犠牲者は居たかも知れないとは考えますが、計画的・組織的な民間人の虐殺は存在しなかったと考えます。
南京市民の人口が、日本軍占領中に20万人から25万人に増えたのだから当然でしょう。

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トピック= 3008 宛先= 3018 同宛先= 返信= 3037
 
Subject Re2: 『証言記録 三光作戦』 南京大虐殺とは
Author イストラン [ 3018 to 佐々木 寛 ]  4/9/Tue/2003   

 南京大虐殺については、新しい本もあって、そこには100人以上の聞き取りが書かれてあります。もってませんが。

 私はたんに想像しているだけですが、人数的に30万とは言えないものも、かなり多くの人が虐殺されたと思ってます。

 そしてこれについて何らか中国が政治的プロパガンダを行ったということももちろんあるとは思いますが、「かなり多くの人が虐殺された(つまり通常の戦闘行為ではなく、異常な殺人)」ということも真実であったと想像してます。

 ゆえに、政治的プロパガンダにすぎないという理屈で、大量異常殺人も否定するというのは認めがたいのですが。

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トピック= 3008 宛先= 3014 同宛先= 返信= 3021
 
Subject Re: 『証言記録 三光作戦』 南京大虐殺とは
Author 佐々木 寛 [ 3014 to イストラン ]  4/7/Sun/2003  日出づる国の民 www1.odn.ne.jp/~cak23720/

参考文献として、平成12年上梓の『再審「南京大虐殺」-世界に訴える日本の冤罪-』明成社などもあります。

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