INDEX   投稿順一覧   最初の投稿   トピック内新規投稿   ツリー表示
TOPIC 真偽についての疑問
 
Subject Re11: 真偽についての疑問
Author ぱんどら [ 2949 to イストラン ]  2/8/Sat/2003   

>そうなると、命題的なものに真が付与され、命題的なものに善が付与され、
>というふうに、真と善とは同じ位置から命題を見ているというパラレルなことに
>なりますね。

そんな感じですね。ルビンの壷とかおばあさんと貴婦人の騙し絵とか
http://www.brl.ntt.co.jp/IllusionForum/basics/art/ladies.html
つまり、ひとつの感覚に対して二つの知覚を認識させることが可能なわけですよね。
この場合は老婆と貴婦人という、両者とも一般命題を素材とする認識だけど、雷に
放電現象や神の怒りを当てはめるのは、前者を一般命題、後者に価値と可能の
命題を当てはめているわけですよね。
これらを同じ位置からパラレルに見ているんだとしてもいいように思います。

> で、私は前に善なるものは命題的なものだけに付与されるんではなく、目の前の
>林檎にも付与されると申しましたが、それはこの見方では否定されるということに
>なりますか。

べつにそこまで厳密には考えていません。わたしっていい加減ですね。
イストランさんのような精緻な区分法を見習いたいと思います。

返信(引用有)   返信(引用無)   全スレッド   ツリー表示   最新20   新規投稿   削除   編集
トピック= 2921 宛先= 2946 同宛先= 返信=
 
Subject Re10: 真偽についての疑問
Author イストラン [ 2946 to ぱんどら ]  2/5/Wed/2003  神秘主義と哲学 

>価値的なことも「『aはbである』はよい」が基本階層にあった、とするわけです。

 そうなると、命題的なものに真が付与され、命題的なものに善が付与され、というふうに、真と善とは同じ位置から命題を見ているというパラレルなことになりますね。

 で、私は前に善なるものは命題的なものだけに付与されるんではなく、目の前の林檎にも付与されると申しましたが、それはこの見方では否定されるということになりますか。

返信(引用有)   返信(引用無)   全スレッド   ツリー表示   最新20   新規投稿   削除   編集
トピック= 2921 宛先= 2941 同宛先= 返信= 2949
 
Subject Re9: 真偽についての疑問
Author ぱんどら [ 2941 to イストラン ]  2/2/Sat/2003   

>でも価値的なことは命題に限らず、その名辞なことに接続してしまうのでは
>ないでしょうか。
「よい本」とか「わるい食べ物」とかいいますね。
時空にかかわるものでも「遠くの景色」とか「昔の生き物」などもありますね。
可能性にかかわるのでは「信じられない話」とかですかね。

わたしはこういった形容詞的に名辞にかかわるものは、いわば階層を変えている
ということではいかがでしょう。
「本当の言葉」なんてのは、何が本当か語らねばならないわけですから、これは
基本階層でやはり概念と概念の結びつきがあって・・・という解釈ではどうでしょう。
価値的なことも「『aはbである』はよい」が基本階層にあった、とするわけです。

返信(引用有)   返信(引用無)   全スレッド   ツリー表示   最新20   新規投稿   削除   編集
トピック= 2921 宛先= 2938 同宛先= 返信= 2946
 
Subject Re8: 真偽についての疑問
Author イストラン [ 2938 to ぱんどら ]  1/30/Thu/2003  神秘主義と哲学 

>「この命令には従うな」これ自身が命令文ですね。あえて「この命令に従うべきでない」の価値命題だとすると、「『この命令に従う』はわるい」の表明ですね。
>一般命題の部分、「この命令に従う」が「時空」と繋ぐかどうかでの判断とします。真ならば、命令されたものが命令を実行したことが観察されるし、偽ならば観察されない、いいか悪いかは別としてですね。

 なんていうのかな。この命令には従うな、というのは首を縦に振りながら横に振っているダブルバインド状態のようなところがあって、それは良いのか悪いのかわからないという状態をもたらす。

 ぱんどらさんは真偽概念は命題にのみ妥当で、林檎とかただの名辞に真偽概念を当てはめるのがパラドックスのインチキなところだとおっしゃったように記憶してます。でも価値的なことは命題に限らず、その名辞なことに接続してしまうのではないでしょうか。

 真偽ではなく、肯定と否定、これは命題には限らない無差別の分割で、それを「この命令には従うな」の「な」の部分が表しているように見えます。

返信(引用有)   返信(引用無)   全スレッド   ツリー表示   最新20   新規投稿   削除   編集
トピック= 2921 宛先= 2937 同宛先= 返信= 2941
 
Subject Re7: 真偽についての疑問
Author ぱんどら [ 2937 to イストラン ]  1/28/Tue/2003   

すみません、
>しかしながら(1)も(2)も矛盾式であるから、公理には使えないでしょう。
> この言い方もよくわからないのですが、公理というより記号論理の大前提の
>ような気がします。pというのとpは真であるというのは、ほぼおんなじことでは
ないですか

(2)は矛盾式ではないですね。うーむ、このアプローチは失敗かな?残念!

>「この命令には従うな」
これ自身が命令文ですね。あえて「この命令に従うべきでない」の価値命題だと
すると、「『この命令に従う』はわるい」の表明ですね。
一般命題の部分、「この命令に従う」が「時空」と繋ぐかどうかでの判断とします。
真ならば、命令されたものが命令を実行したことが観察されるし、偽ならば
観察されない、いいか悪いかは別としてですね。

返信(引用有)   返信(引用無)   全スレッド   ツリー表示   最新20   新規投稿   削除   編集
トピック= 2921 宛先= 2936 同宛先= 返信= 2938
 
Subject Re6: 真偽についての疑問
Author イストラン [ 2936 to ぱんどら ]  1/27/Sun/2003  神秘主義と哲学 

>「この文は真である」を自己言及として「本当は本当だ」は気付きますが、ここに「嘘は嘘だ」が隠されていることに気付かないのではないかと思います。

 なるほど。パラドックスというのは真であるのが偽だとなり、偽であるのが真だとなるが、パラドックスでないなら真は真だし、偽は偽だということですか。一歩前進した感じ。


>しかしながら(1)も(2)も矛盾式であるから、公理には使えないでしょう。

 この言い方もよくわからないのですが、公理というより記号論理の大前提のような気がします。pというのとpは真であるというのは、ほぼおんなじことではないですか。


>(2)をイストランさんがゴットファイザー(名付け親)である「偽なしのパラドックス」ということにしました。

 偽なしのパラドックスということで、「この文は真である」というのをイメージしてません。そういうものがあるらしいのですが、私にはその説明がわからない。


>だから、そのことを実現した「この文は偽である」も「この文は真である」も命題として機能していないと考えたほうが妥当、としているわけです。

 では「この命令には従うな」というのはどうですか。これって概念をつないでいる命題という感じではないんですが。あえてそれに還元できるでしょうか。

返信(引用有)   返信(引用無)   全スレッド   ツリー表示   最新20   新規投稿   削除   編集
トピック= 2921 宛先= 2935 同宛先= 返信= 2937
 
Subject Re5: 真偽についての疑問
Author ぱんどら [ 2935 to イストラン ]  1/27/Sun/2003   

>だからどうしてパラドックスではないのだろう、ということです。
「この文は偽である」がなぜ、パラドックスかといえば、繰り返しになりますので
式に書けば(1)(D⊃¬D)∧(¬D⊃D)で個々の公式は肯定と否定を含みますが
「この文は真である」は
式に書けば(2)(D⊃D)∧(¬D⊃¬D)で肯定は肯定、否定は否定なので
否定と肯定を同時に含まないという意味でパラドックスではないという言い方に
なると思います。

「この文は真である」を自己言及として「本当は本当だ」は気付きますが、ここに
「嘘は嘘だ」が隠されていることに気付かないのではないかと思います。

しかしながら(1)も(2)も矛盾式であるから、公理には使えないでしょう。
(2)をイストランさんがゴットファイザー(名付け親)である「偽なしのパラドックス」
ということにしました。

>この言い回しがよくわからないのですが、「この文は偽である」も「この文は真である」>も、ぱんどらさんの理屈によれば原子命題の要素に真偽概念を持ち込んでいると
>いうことなんでは。
わたしは命題の構成を「a,b二つの概念を繋ぐもの」として考えます。
真偽概念は概念同士を繋いでいるか否かの判断なのではないかと思います。
「この文は偽である」は「この文」に対して繋いでいないと、言っているだけです。
繋ぐ相手がいないのです。二階以上の命題であれば一階の命題について、これは
繋がっているとか繋がっていない、を判断した概念が意味をなしますが、はじめから
相手のいないものに、どうしてその手の判断ができるのでしょう。

あえてそれをやってしまっているのが自己言及性なのではないですか。
自己言及することで本来二階のものが一階に降りてきているという感じでしょうか。
言われるとおり原始命題の要素に真偽概念をもちこんでいるということになります。
だから、そのことを実現した「この文は偽である」も「この文は真である」も命題
として機能していないと考えたほうが妥当、としているわけです。

返信(引用有)   返信(引用無)   全スレッド   ツリー表示   最新20   新規投稿   削除   編集
トピック= 2921 宛先= 2934 同宛先= 返信= 2936
 
Subject Re4: 真偽についての疑問
Author イストラン [ 2934 to ぱんどら ]  1/27/Sun/2003  神秘主義と哲学 

>「私の言ってることは本当だ」でこれを自己言及として、
>これが真である場合、この命題は真となる。
>これが偽である場合、この命題は偽となる。
>これはべつにパラドックスではないといえます。

 だからどうしてパラドックスではないのだろう、ということです。

>やはり、自己言及性ではなく、一階の命題、原始命題の要素に真偽概念をもちこむことにあると考えます。

 この言い回しがよくわからないのですが、「この文は偽である」も「この文は真である」も、ぱんどらさんの理屈によれば原子命題の要素に真偽概念を持ち込んでいるということなんでは。

返信(引用有)   返信(引用無)   全スレッド   ツリー表示   最新20   新規投稿   削除   編集
トピック= 2921 宛先= 2932 同宛先= 2933 返信= 2935
 
Subject まちがった
Author ぱんどら [ 2933 to ぱんどら ]  1/26/Sun/2003   

私の言ってることは本当だ」でこれを自己言及として、
これが真である場合、この命題は真となる。
これが偽である場合、この命題は偽となる。
これはべつにパラドックスではないといえます。
しかしこれが公理に入り込むと、真偽が任意に設定出来てしまうことを意味します。
命題は真偽判定によっていずれかに収束しなければならないと思います。
つまり、判定が間違っていれば背理法によって矛盾が発生しなければならないの
ですが、この場合いずれを選んでも、永遠に矛盾は発生しません。
つまり、命題としての役割を果たしていない、「偽なしのパラドックス」といえるので
はないでしょうか。
ラッセルは自己言及性にパラドックスの原因を見出しましたが、本当の原因は
やはり、自己言及性ではなく、一階の命題、原始命題の要素に真偽概念をもちこむ
ことにあると考えます。

返信(引用有)   返信(引用無)   全スレッド   ツリー表示   最新20   新規投稿   削除   編集
トピック= 2921 宛先= 2932 同宛先= 2934 返信=
 
Subject Re3: 真偽についての疑問
Author ぱんどら [ 2932 to イストラン ]  1/26/Sun/2003   

> 「私の言ってることは本当だ」これはなんらかの前提がなくてもパラドックスでは
>ないのだから、パラドックスが起こる原因は否定の使用にあると思う。否定しなけ
>ればパラドックスはおきない。でもなぜ?

> 思い切って「パラドックス」の章から訳してしまおうか。「偽なしのパラドックス」とか。

ちょっと雑な返しだったので、言い直します。

「私の言ってることは嘘だ」でこれを自己言及として、
これが真である場合、この命題が偽となってしまって矛盾。
これが偽である場合、この命題は真となるので矛盾、ゆえにパラドックスだといえます。

「私の言ってることは嘘だ」でこれを自己言及として、
これが真である場合、この命題は真となる。
これが偽である場合、この命題は偽となる。
これはべつにパラドックスではないといえます。
しかしこれが公理に入り込むと、真偽が任意に設定出来てしまうことを意味します。
命題は真偽判定によっていずれかに収束しなければならないと思います。
つまり、判定が間違っていれば背理法によって矛盾が発生しなければならないの
ですが、この場合いずれを選んでも、永遠に矛盾は発生しません。
つまり、命題としての役割を果たしていない、「偽なしのパラドックス」といえるので
はないでしょうか。
ラッセルは自己言及性にパラドックスの原因を見出しましたが、本当の原因は
やはり、自己言及性ではなく、一階の命題、原始命題の要素に真偽概念をもちこむ
ことにあると考えます。

返信(引用有)   返信(引用無)   全スレッド   ツリー表示   最新20   新規投稿   削除   編集
トピック= 2921 宛先= 2923 同宛先= 2925 2931 返信= 2933 2934
 
Subject Re3: 真偽についての疑問
Author ぱんどら [ 2931 to イストラン ]  1/25/Fri/2003   

>思い切って「パラドックス」の章から訳してしまおうか。「偽なしのパラドックス」とか。
御自分でなさるということだったのですね。
暫く退散します。

返信(引用有)   返信(引用無)   全スレッド   ツリー表示   最新20   新規投稿   削除   編集
トピック= 2921 宛先= 2923 同宛先= 2925 2932 返信=
 
Subject Re6: 真偽についての疑問
Author ぱんどら [ 2930 to イストラン ]  1/25/Fri/2003   

えっ、要するにトピ主が消去したのかと解釈しましたが・・・。
命題の階層1に真偽概念を置かない為に・・・。
わたしがResを返して暫くしたら消えた。

返信(引用有)   返信(引用無)   全スレッド   ツリー表示   最新20   新規投稿   削除   編集
トピック= 2921 宛先= 2928 同宛先= 返信=
 
Subject Re5: 真偽についての疑問
Author イストラン [ 2928 to ぱんどら ]  1/25/Fri/2003  神秘主義と哲学 

 しかし不思議なのですが、なんでこのスレッドの最初の投稿だけ字が白地になるのだろう。コーヒーメーカさんごめんなさいね。いろいろやってみてはいるのですが。

返信(引用有)   返信(引用無)   全スレッド   ツリー表示   最新20   新規投稿   削除   編集
トピック= 2921 宛先= 2926 同宛先= 返信= 2930
 
Subject Re4: 真偽についての疑問
Author ぱんどら [ 2926 to ぱんどら ]  1/25/Fri/2003   

そう言えば、自己言及の否定がパラドックスだと言われてましたね。
自己言及と言うところが、一階と二階をダブらせる要因で、そのこと
がD∧¬Dを実現しているように見せているけれど、一階で真偽概念
使用不可の条件がついたらどうなんでしょうね。
・「クレタ人はうそつきだ」とうそつきのクレタ人が言った。
・この文は偽である。
これらはパラドックスを実現したかのように見せているけれど、つまり
前提を侵している以上、失敗したと見ても良いのではないですか?
これらはパラドックスではなくて、ただのトリック文だ。

ところで、命題には一般命題と可能命題、そして価値命題がある。
・「それはできない」ということがありうる。
・「それはわるい」というのがよい。
これらも一階においては真偽、信疑、善悪以外の判断を行っているならば
この文だけでは意味が通じない。

「この文は証明可能」という命題もなんだか怪しくありませんか?

返信(引用有)   返信(引用無)   全スレッド   ツリー表示   最新20   新規投稿   削除   編集
トピック= 2921 宛先= 2925 同宛先= 返信= 2928
 
Subject Re3: 真偽についての疑問
Author ぱんどら [ 2925 to イストラン ]  1/24/Fri/2003   

> 「私の言ってることは本当だ」これはなんらかの前提がなくてもパラドックスではないのだから
「私の言ってること」が「1+1は2である」とか「1+1は3である」でなければ、
「私の言ってることは本当だ」が真か偽か決定できないでしょ。
だから、これは前提つきの二階の命題です。
本来は二階のものを一階とダブらせるように見せることがパラドックスのからくりですよ。
まあ「『ほんとだ』ほんとだ」はパラドックスには見えないけれど、意味はまったくないで
しょう。問題は真偽概念の特性にあったのではないですか?

>否定しなければパラドックスはおきない。でもなぜ?
パラドックスの論理式はD∧¬Dです。
概念はもともとそれ自身とそれ自身でないものに分岐されるのです。
「犬であるも」のと「犬でないもの」とか。
「犬」と「魚」が繋がらないから「犬でないあるものは魚である」といえる。
対象がそれ自身とそれ自身でないものを同時に含むと言うのは当然否定を介入させ
ている、ということではないでしょうか。

それにしても、おいしいコーヒーをのもうと思ったのに・・・
なんで、みんなに嫌われるんだろう(;;)

返信(引用有)   返信(引用無)   全スレッド   ツリー表示   最新20   新規投稿   削除   編集
トピック= 2921 宛先= 2923 同宛先= 2931 2932 返信= 2926
 
Subject Re2: 真偽についての疑問
Author イストラン [ 2923 to ぱんどら ]  1/24/Thu/2003  神秘主義と哲学 

>「真偽概念は一階の命題では使用不可」という前提があればパラドクスは起こらないということですね。

 「私の言ってることは本当だ」これはなんらかの前提がなくてもパラドックスではないのだから、パラドックスが起こる原因は否定の使用にあると思う。否定しなければパラドックスはおきない。でもなぜ?

 思い切って「パラドックス」の章から訳してしまおうか。「偽なしのパラドックス」とか。

返信(引用有)   返信(引用無)   全スレッド   ツリー表示   最新20   新規投稿   削除   編集
トピック= 2921 宛先= 2922 同宛先= 返信= 2925 2931 2932
 
Subject Re: 真偽についての疑問
Author ぱんどら [ 2922 to コーヒーメーカー ]  1/23/Thu/2003   

真偽とは如何なるものかと言う問題があると思います。
たとえば「犬」という概念があります。これに対して「すべての」とか「あの」「この」
といった「冠詞」はつきますが、「犬」自体が「ほんとうとかうそ」と言うことはないでしょう。
真偽は「『犬』は『動物』である」のようにふたつの概念から構成される「命題」に
たいして与えられるものです。
「犬」と「動物」は繋がるので真、「犬」と「魚」は繋がらないので偽、というわけです。
クレタ人のパラドクスやあなたのものもそうですが、「うそ」とか「ほんとう」という
真偽を概念として扱った命題はよくみると、二階の命題になっていることはお気づき
でしょうか。真偽を概念として扱うには必ず二階である必要があると思います。
もし真偽概念が一階でも成立するなら「犬はうそである」という命題が意味を
持たねばならないですがそんなことはないでしょう。
「『犬は魚である』は嘘である」ではじめて意味を為す命題になります。
>表:「この紙の裏側に書いてある言葉は真実である。」
>裏:「この紙の裏側に書いてある言葉は偽りである。」
あなたのこのサンプルも一階の命題で真偽概念を使用しているのが分かりますか?
代名詞をうまく、使いまわすことで正しい命題のように見せているトリックですね。
実質的に「『いぬはほんとである』というのはうそである」という命題と変わりありません。
「真偽概念は一階の命題では使用不可」という前提があればパラドクスは起こらない
ということですね。

返信(引用有)   返信(引用無)   全スレッド   ツリー表示   最新20   新規投稿   削除   編集
トピック= 2921 宛先= 2921 同宛先= 返信= 2923
 
Subject 真偽についての疑問
Author コーヒーメーカー [ 2921 new post ]  1/23/Wed/2003   

面白い「真偽」に付いての問題です。
一枚の紙の表面と裏面に次の言葉を書きます。
表:「この紙の裏側に書いてある言葉は真実である。」
裏:「この紙の裏側に書いてある言葉は偽りである。」

表面が正しくて裏面が偽りだとすると、裏面の「この紙の裏側に書いてある言葉は偽りである。」になり、表が本当だと言う仮定に矛盾します。
裏面が正しくて表面が偽りだとすると、表面の「この紙の裏側に書いてある言葉は真実である。」が偽りと言うことになり、これも仮定と矛盾します。


すみません、面白い問題を見つけてたので、ツイツイ話の横入りをしてしまいました。

返信(引用有)   返信(引用無)   全スレッド   ツリー表示   最新20   新規投稿   削除   編集
トピック= new post 宛先= 同宛先= 返信= 2922


Complete


Eleutheria ver.1.6 / 2004.12 by www.eleutheria.com