| Author |
イストラン
[ 2702 to イストラン ] 3/20/Tue/2002 |
論理の範囲を厳密にどうやって限定するのかということには一体どんな意味があるのか。こう問うことはもっともなことである。しばしばこの問題は哲学的テーゼにとっては核心的なものと考えられてきた。論理主義 の事例は興味或る例となる。
論理主義とは、算術は論理に還元できるという(ライプニッツによって示唆され、フレーゲによって詳しく研究された)テーゼである。すなわち、算術的陳述は純粋に論理的表現 terms の中で表現され、算術的定理は純粋に論理的な公理から導出可能であるというものである。1 或る式の集合が、説明される意味で、或るほかの式の集合に還元されるときに、これが「論理への算術の還元」とみなされるのか否かということは、前者の集合が適切に算術を表現しているのか否かということに依存し、後者の集合が「純粋に論理」として妥当に記述されるのか否かということに依存する。論理主義の場合、この両者に関する疑いの余地がある。ゲーデルの不完全定理が示していることは、算術の真理をいかなる公理の集合からも導出できないということ、だからなおさら、いかなる純粋に論理的なシステムからも算術を導出することはできないということであることは強調されてしかるべきである。あるいは現在の視点にとっては、ペアノの算術の公準をフレーゲが還元したところの公理なるものは、「純粋に論理的」なものではなく、それが集合論的な原理を含むのであるから、数学的である。たとえばクワインは(1970 pp.64ff)、集合論は論理の一部と見なされるべきではないと主張する。しかし彼の根拠は説得的であるとはいえない。彼は、別様の集合論が存在すると指摘する。けれども別様の論理というものも存在する(第9、12章参照)。そして彼は集合論が持っている重々しい存在論的関与に反対する。しかしながら、存在論的関与に関して彼の用いる判断基準には疑問がある(第4章参照)。
したがって、哲学的理論の運命が論理の境界確定に依存するように見える一つの事例がここにある。けれども、これまで論理の範囲の問題とみなしてきたもののようなプラグマティックな問題に、論理主義の真理が依存しているなどということは、とてもがっかりするようなことではあるまいか。もう少し深く立ち入り、算術が真に純粋に論理的であるかどうかがなぜ問題だと考えれられるべきかを問うならば、そうではないと思う。本当に重要な問題は、あるいは私にそう思える問題は、まるで論理の範囲がキーポイントであるかのように問いを表現することによって曖昧模糊としたものになっている。なぜフレーゲは算術が論理に還元されることを示すことが重要であると考えたのだろうか。論理主義への動機は、少なくとも部分的には認識論的である。フレーゲの考えによれば、論理の原理とは、自明性であり、それゆえもし算術の法則が論理の原理から導出可能であることが示され得るならば、それは従って認識論的に確実であることが示されることになり、いわば無垢性 innocence を獲得することになるのである。しかしながら、フレーゲの論理は(あるいは「論理」は)無矛盾ではないことがわかった。ラッセルのパラドックス(第8章参照)がそこで導かれる。この非無矛盾性の発見に対するフレーゲの応答は、問題の公理が他のものと同じようにまったく自明であるとは彼自身考えていなかったということを認めるようなものである。これはまた自明性の概念についての健全な懐疑を引き出すような意見表明である。しかし現今の関心事に対してこの話はどう関わってくるのか。フレーゲの土台となるもの、それが論理であれなんであれ、それは彼が考える認識論的立脚点 standing を持ってはいなかったのだから、彼のプログラムの認識論的な視点は、論理の境界確定に関する決定にもかかわらず、失われているということである。
少なくとも、今や一つのことだけははっきりさせねばならない。形式的システムが論理としてみなされるのかどうかということは、深く困難な哲学的問題に関わる問いである。論理における哲学的問題の拡がりが最初から明らかであることは良いことである。というのも形式的論理の主たる価値である厳密さはまた己に権威的な雰囲気を与えがちであるから。これがまた論理的システムの複数性をなぜ私が主張するのかという理由にもなる。別の選択肢との間で決定するときに、人はしばしば形而上学的あるいは認識論的先行概念を認知する必要にせまられるが、これはさもなければ暗黙のうちにとどまっているだろうものである。
1 フレーゲは準備段階として第一の完全に仕上げられた形式的論理システムを構築した。これは彼の望んだところによれば、その論理的公理から算術に関するペアノの公準を実際に導出することによって論理主義の真理を確立せんとするものであった。彼は1879年に論理的機構を発展させ、1884年に算術的表現の妥当な論理的定義を、1893,1903年にその派生物 derivations を与えた。数学の論理主義哲学に対する直截的導入に関してはCarnap 1931 を参照。